第六話 もう何も失いたくない

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(あれ? やっぱりおかしい、やっぱり食べ物がのどにつかえる感じがする・・・)

インナーチャイルド・ワーク(ワーク)をはじめてから1か月ほど経った頃から、食後に消化できていないと感じることや、食べ物がつかえる、食べ物を受けつけない、などの時があって気になってはいた。

その頃、頭痛や嘔気も出て、倦怠感も続いていた。

ヒーリング・クライシスのことは知っていたし、心理的なものだろうと考えた。

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それが、さらにひと月経った頃から、食べ物がのどにつかえる感が本格化した。食道が腫れて狭くなっているように感じられる。消化もよくなく、食後、食道と胃付近がしみるような感じがするように。

(今日は大丈夫かもしれない)問題ないことを期待して食事をとるが、良くならないばかりか、食事をとれなくなっていった。

医者としての知識が不安をあおる。

食道がんかもしれない)

「何もそんな・・・心理的にそうなることだってあるし、逆流性食道炎の症状にだって当てはまってるよ、大丈夫だから一度検査してみたら?」

妻がそう言っても、次第に恐怖におそわれ、絶望的な気持ちになっていった。

 

入院、手術、ボクにとっては学校に行くのと同じくらい苦痛。病院や医者に対するトラウマも深い。フラッシュバックが起こり、ある朝たえがたい恐怖におそわれた。

失いたくない。家族との時間。いのち。失うのが怖い。

 

ボクはそのことを妻に話した。そして、

「行きたくない。行くのが怖い。どうしても行けない」と言うと涙があふれ出した。

過去のつらかった気持ちの再現が起こっていると察知した妻は、

「わかった。怖いんだね、いいよ、行かなくていい。あなたが行くところじゃないんだよ。自分で選んでいい。自分で決めていい。大丈夫」と言って、包み込んで背中をさすってくれていた。

学校へ行けなくなった時、ボクはこうしてもらいたかったんだ。ボクの気持ちや気質をわかってほしかった。でも違った、傷つくばかりだった。欲しかったものと得られなかったもの、それによって喪失したものをどんどん実感させられ、ボクはあの頃に戻って泣き続けた。

しかし、症状は変わらなかった。食事の量が極端に減ったため、痩せてきていると実感すると、やはり恐怖がよみがえってくる。

「あのねぇ、血色はすごくいいよ。何か抱えた人の顔じゃないよ」妻は言う。

「そう? 恐怖や怒りを麻痺させて蓄積させながら生きてきて、それがあふれてきているから食事を受けつけないのかもしれないね」

そういう会話をしても、やはり「がん」が頭をよぎる。

 

どうしてもダメだ。

 

自分を追い込んで八方ふさがりになった朝、妻にその恐怖を伝えたのだが、この時の妻は前回とは違った。

「今、あなたに必要なのは何を選ぶか、だよ。今起こっていることは過去の再現かもしれないけれど、現実にはあの頃とは違う。あなたが本当に得たいものは何か、それを得るために、今何を選ぶことが必要か、あなたにはわかるはずよ」

そう言って、部屋を去った。

 

妻は必死だったが、直感的にそう対応したと後から言っていた。「何のために何をするのか、自分で決めて自分から行動を起こそうとしなければインナーチャイルドは救われないまま。だからここまできたら待つしかない」と。

妻の直感は正しかった。妻から手を放されたボクは、次第に覚悟が決まっていき、動き出した。

隣町の医院へ行った。胃カメラなどの検査は予約が必要で、問診のみ。

逆流性食道炎かもしれませんね、薬をのんでみられますか?」とのことだった。

実はここの院長は、ボクの大学時代の同級生で、とても優しく誠実な人物。それでも入院や手術に至るかもしれないという恐怖から、彼の医院に行くことすらできなかったが、大学時代と変わらない彼の存在や言葉はボクをとても安心させてくれた。ありがたかった。

家に帰る途中、気づいたことがあった。

食べ物が通りづらく、食べても消化が悪かったのは、からだが食べ物を拒絶していたのではないか。それは思考と感情の関係を反映するものに違いない。「今は考えるな(考えを入れるな)」「感情を吐き出せ」とからだが訴えているように心の奥から響いてきた。

次回の検査までに、ボクは怒りや恐怖を出し切りたいと思った。

実際にその日から、医者になって30年近くの、苦しい思いをしてきた過去の出来事、リアルなシーンの想起(フラッシュバック)や、医者をやっていてうまくいかない苦しい夢を何度も見せられた。

そして、早く解放されたい一心で妻のワークを何度となく受けた。そのたびに医者になったことで失われてきたこと犠牲にしてきたことの大きさに直面させられ、胃の中からつきあがってくるように声と涙があふれ出た。歩んできた道のりの中で閉じ込めてきた恐怖の量の多さを思い知った。

それはまるで、ボクのからだの中に入っている「医者としての記憶」と「医者としての人格」を追い出そうとしているかのようにも思えた。なぜならそれらは、ボクの意志で選んだものではなく、選ばされてきたものだからだ。

「ボクの生命(いのち)が、医者であることを拒絶している」、そう実感した。

一方でワークのたびにボクの中の恐怖が、吐き出せた分、少なくなっていっていることも実感できた。

また、この閉じ込めてきた恐怖を通して人や物事を見ていたということにも気づけた。子どもの頃に閉じ込めてきた恐怖に加え、医者になって閉じ込めてきた恐怖も対人恐怖の原因になっていることがわかった。

まだ若いうちは、その時抱いた怒りや恐怖などの感情を心の奥に押し込んだり、自己啓発的な言葉や考えで言い聞かせたり、合理化などで自分をコントロールすることができていたのだろうが、それまでのごまかしてきた分のツケが、どういう時点でどういう形で出てくるのかは人によって異なることなのだろう・・・。

敏感で感受性が強くごまかしが効かない人や社会への適応が不器用な人ほど、苦しみに早く直面しやすく、インナーチャイルドの声や訴えを何となく感じ取ってはいるのかもしれないと思った。

 

後日、胃カメラとエコーの結果は何も問題なし。 

良かった、ほっとした。本当に安心した。

 

人騒がせな一連の出来事は、やはりヒーリング・クライシスだったのだ。

でも、ボクにとっては生命が脅かされるとても恐ろしいものだった。

この恐怖体験を通して、“トラウマからの回復”のために、過去の恐怖を引き出そうとしてくれていたこともわかった。

本当にあの頃とは違った。

もう無駄にしたくない。

もう何も奪われたくない。

今日からボクは新しいいのち。

幸せになるための選択と挑戦の人生のはじまり。

そう実感できたことが嬉しかった。

 

第七話に続く