第十話 夢が教えようとしていること

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またか。

国家試験の夢、病院に勤務している夢を今でも繰り返し見る。

今朝もその夢で起きて、胸にモヤモヤしたものが残った。

新しい勤務先の病院を探しているのだ。

事務長さんが親切に手伝ってくれて少しホッとしている夢。

 

できればこういう夢はもう見たくないのに見てしまう。

トラウマをもっと解消する必要があるのだろうか。

 

いや、違う。

 今日の夢の後味の悪さは、これまでの残像にすぎない。「事務長さんが手伝ってくれてホッとする」というところに、これまで見ていた夢との違いがある。不安ながらも、そこに「温かさ」「安心感」があったのだ。

 

ボクは今、ある意味職探しをしている。

過去のボクの、医者としての勤務先探しとは違う。

今ボクが選ぼうとしているのは、ボクをプラスに成長させ、生命(いのち)を生き生きと育ませるもの

もう、医者の道は選ばなくていい、それを確かな意志に変えて、新しい道を、自信を持って歩いていくために見せられている。

そういうふうに思えた。

 

ちょうど今日は、「好きなことを仕事にする」ための可能性を求め、画材店に行くようにしていた日だった。

没頭して作品をつくる

そして、それを売る。

カウンセリングやこのブログの他で、今ボクが実現したいのはこれだ。 

 

心を静める言葉 

  • 新しいことに挑戦するのは、だれでも怖いものなのだ。
  • 精神的な成長の過程にあるときは、だれでも不安になる。
  • 自分を守るための行動をしているうちに恐怖は減っていく。
  • 怖がりながらも行動するほうが、何もしないで怖がっているよりずっといい。
  • 恐怖があっても一歩踏み出す。恐怖がなくなるのを待っていたら埒(らち)が明かない。

『毒になる親』の著者スーザン・フォワード氏の著書、『毒になる姑』(毎日新聞社)に書かれたこの言葉を、ずっと前からカウンセリングルームの壁に貼っていた。

これまで何度もこれらの言葉が胸に染みたことはあったが、今のボクにこそぴったりの言葉だと思った。

 

「一歩踏み出す」

 

第11話につづく