『人生は選択の連続』と言われます。
小さなことから大きなことまで、ボクたちは確かにいつも『選択』していますよね。
『選択』は恐れによる防御や現状維持を目的としたものではなく、できるだけ『人生を幸福にする』ことを目的とした、建設的な『選択』ができると良い。
そう思っています。
ボクはこれまで、『自分にとって重要だ』と思っていたいくつものことを手放してきました。
沖縄への移住を考え、決心したのは、13年前のこと。
「医者以外の生き方で第二の人生を豊かに過ごそう」
夫婦でそう考え土地探しを始めたのでした。
結婚して、過去に何度か仕事上、精神面で追い込まれたことをきっかけにうつ状態になったりしたこともあり、妻は
「医者を辞めること」
に大賛成だったのです。
当時勤務していた地から、何度も沖縄へ足を運び、土地が見つかるまでは半年以上がかかりました。
それから家が建つまでは1年はかかっていて、その間は勤務医を続けました。
無事家が完成し、引っ越し。
夫婦でカフェを開く夢を携えて、新しい生活が始まりました。
ただ、ここではまだ、勤務医のすべてを手放してはいませんでした。
軌道に乗るまでは、収入が途絶えないよう、それまで勤務していた九州の病院へ月に一度、数日間の非常勤医師としてパートに行くようにしていたからです。
結局、カフェを開くには至りませんでした。
そして、パート勤務暮らしは5年続きました。
その間に、クリニックを開き、子どもが生まれ、生活は大きく変化。
クリニックの内容は薬物療法を行わない精神療法のみの自由診療でした。
はじめは受診される方はまばらで、生活を維持するためには、クリニックを運営しながらのパート勤務がどうしても必要でした。
医者をやめて第二の人生を豊かに過ごすつもりで移住したはずが、どっぷり精神科医人生のまま。
生活は、パート勤務の数日間のための「体調管理」「精神」「台風など天候の把握(飛行機を利用するため)」が最優先で中心、心が休まる時がなく、いつも何かに迫られているような、息苦しい日々の中にいました。
きっかけは息子のことば
2歳になるまで、息子は「ママさえいれば何も問題ない」というママっ子だったので、いつもボクを笑顔で見送り、笑顔で出迎えてくれていました。
それが、3歳前後の頃だったか、ボクと別れたあと、「パパはどこ?」と妻に聞くようになりました。
そして、「パパ、行ってほしくない」
そう言うようになったのです。
その言葉、その表情は、ボクの胸に突き刺さりました。
『辞める』という選択肢が目の前に提示されたのです。
パートを辞めると、いよいよ安定した収入は失われる。
クリニックは開いていたものの、まだ軌道に乗ったとは言えず不安定。
でも、ボクは、やっぱりこの、パートへの依存に支配された生活を続けていては、自分がダメになる。
そう思って、『辞める』選択をしました。
「パパ、辞めるんだって。ずっとおうちにいられるんだって。もうバイバイしなくてよくなるんだって」
そう伝えられることがとても嬉しかった。妻は言いました。
「いつも一緒」
3歳の息子にとって、それはとても大切なことでした。
そして、ボクにとっても、妻にとっても、それは、それまでの人生で欲しくても得られなかった、「お互いの存在や心が何よりも大切にされる温かい家庭」を得たような、有難いものでした。
そういえば、テレビでこんな番組を観たことがあります。それは、厳しい海で仕事をするひとりの漁師さんを追ったものでした。
漁師さんには3歳の息子さんがいました。
「行ってほしくない」「パパといっしょにいたい」
そういう息子さんの訴えに、心が締めつけられ、漁師さんは船を売り、代々続いていた漁師をやめたのです。その選択の決断を行うまでの、この漁師さんの苦悩が当時のボクには手に取るようにわかったのでした。
「行ってほしくない」「パパといっしょにいたい」
この言葉を、子どもはどんな思いで口にしただろう。
その思いを受け止めてもらえたか、もらえなかったか、そのことがその子の心や人生に与える影響はきっと大きいに違いありません。
それを見て、ボクは改めて思いました。
親が困ることであっても、思ったこと、感じたこと、願いを、子どもが言葉にできる家庭がいい。
子どもの願いを受け止め、真摯に向き合う親でありたい、と。
- 収入を失うことを恐れて選択することで失うもの。
- 自分と家族にとって最も大切なもののために、失うのが怖い・難しいと思うものを手放すことで得られるもの。
失うものと得られるもの、その選択は自分にかかっている。
どちらが人生を幸福にするかは、やはり後者なのではないでしょうか。
このブログを始めた今のボクは、自分の意志による選択でなかった『医者の衣』を脱いだボク。
勤務医だけではなく、クリニックをたたみ、開業医も辞めています。
しかし、セラピストとしての仕事を手放すつもりはありません。
なぜなら、このブログの「『病は気から』は本当なのか?」の中でもお伝えしてきたように、人の抱える症状や問題の多くは、精神科医でなくても、ご本人の明確な意志と覚悟があれば、トラウマセラピーによって改善・解決に導くことは可能だと確信できたからです。
それ以上に、トラウマセラピーによる自分自身の体験と、自分の身の丈に合った安心・安全な衣を選択していっていることの影響と変化は、大きな自信につながっています。
したがって現在は、医者という『医療者』ではなく、いちセラピストとして、これまでの自分の経験と知識を生かしながら、自己の成長と精神的な成熟・自立を求めるクライアントさんと向き合っています。
これからも、選択に迷ったときは、『恐れ』に支配されるより、不安定に見えても、『人生を幸福』にする選択をしていこう。
そう思うこの頃です。