『内向型』は自己を実現することに特化した人間である

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いつもお読みくださりありがとうございます。

このブログ「あの日のボクへ」、昨日で十二話分の投稿を終えました。ここまでを「第一章」として区切りました。

今日からは、第二章「発信」と題し、読者の方をエンパワーできるような内容を発信していこうと思います。

どうぞよろしくお願いします。

 

内向的

この言葉にみなさんはどういうイメージを抱きますか?

ボクはこの言葉で“ボク”を表されるのがすごく嫌でした。

兄は「外向的」つまり社交性があり世渡り上手、ボクはそれが下手で残念なやつ。

そういうメッセージ性を、この言葉から受け取っていたからです。

                                      

しかし、「内向的」な気質を、社交的かそうでないかを振り分ける言葉として捉えるのは本質的でない。

それぞれ優れている面が異なるだけだ。

確かに、社交性があって世渡り上手だと生きやすいだろう。

社会に貢献できる人材として認められやすくもあるだろう。

 

一方で「内向的」な人間は、【自分の内側】を重要とする。

そのために社会が求める外向的な人間で生きようとすると、内側がだまっていられなくなり、苦しくて生きづらい。

そこから逃げれば、社会から脱落した者のようで、劣等感や自己否定感が上塗りされていく。

しかしそれは、そもそも「内向的」な気質が生かされる場所ではないということ。

 

【自分の内側】を重要とする「内向型」は、

自分の心(感情)に嘘をつけない

自分の心(いのち)を粗末にできない

そういうタイプの人間なのだ。

 

だからこそ、『追究』することが重要だ。

自分の好きなこと

ワクワクすること

没頭できるもの

身を置く環境

関わる相手

学び

仕事

生き方

 

それだけ『個性』『独自性』が強いのだ。

『内向型』は、国家や社会、親が求める人材になるための人間ではなく、『自己を実現』することに特化した人間である。

世の中を、虚構という幻から目覚めさせ、本質的なものへ変えるための、計り知れないエネルギーを秘めている人間である。

それを解放することが重要だ。

 

今のボクは『内向型』を誇りに思う。