HSC・HSPは「社会性」の中でどのように生きづらいのか

【お知らせ】
~ポッドキャスト「コルクラボの温度」での対談、後編の配信~
妻である心理カウンセラー“Kokokaku”と息子“たける”とともに、
5月23日(水)、ポッドキャスト「コルクラボの温度」の収録に行って参りました。
前編は→こちら
対談は、ライターでポッドキャスターのとっちーさんのナビゲートで、Dr.ゆうすけさん、Kokokaku、そして私の4名+たけるで行われました。
主に、HSC(Highly Sensitive Child)やメンタルヘルスについてお話させてもらってきました。
20分×2本、前編と後編に分けての配信で、今回は後編です。
ご清聴頂けたら幸いです。
今回は、ポッドキャストでの対談で話題となった、『生きづらさ』というテーマをもとにHSC・HSPの子や人たちは、「社会性」の中でどう生きているのか、について考えをまとめておこうと思います。
「社会性」とは
私はよく「社会性」という言葉を使います。
その「社会性」とは、集団や組織をつくり他人と関わって生活しようとする性質や傾向、外向性・社交性に価値を求める性質や傾向、という意味です。
上下の関係が存在する世界
「社会性」の中には、当たり前のように『上下の関係』が存在します。
その、『上下の関係が存在する世界』に身を置いた場合、私たちは無意識に『合わせる』か、『闘う』か、『避ける』というどれかの行動を取ることで、心の安定を保とうとします。

「相手から認められたい」「自分の思いを通したい」「自分の世界を守りたい」という思いや欲求は、相対している人や状況によって一つの思いが強くなると、そのほかの思いとの間に葛藤が生まれ、私たちの心はこの葛藤によっていつも動揺し、安定しません。
また、目の前の環境や関係性に適応していくために、その環境や関係性から「逃げる」「離れる」という選択肢が無ければ、「合わせる」か「闘う」かで、様々な防衛手段に頼らざるを得なくなることがあります。
それは、自分の中から自然に湧いてくることとなった、自分が受け入れられない不快な考えや欲求・感情を、何らかの形で処理していかなければならないからです。
例えば、頻度の高いところで言えば、抑圧・合理化・*昇華といった防衛機制です。
*昇華…社会的に承認されない抑圧された欲求や衝動を、スポーツや芸術など社会的・精神的価値を持つものに置き換える防衛機制。
このような防衛機制を無意識のうちに発動させながら、この『上下の関係が存在する世界』に適応していく(この世界の中で生き抜いていく)ためには、仕事の中の「面倒を見る」「お世話をする」「人の役に立つ」「教える」という行為を通して、人よりも優位に立つことで心を安定させている、
あるいは、長期的には、出世するなどして、人よりも優位な立場に立つことで心を安定させている、というのが実際のようです。
感情処理の負担が多くなりがちなHSC・HSP
では、HSC・HSPの敏感性が高い子や人の場合は学校や組織の中で、どのような行動を取っているのでしょうか?
HSC・HSPは、モラルや秩序を重視し、不公平なことを嫌いますので、模範的な行動や、傍から見て支配的に見られないような行動を無意識に取る傾向があります。
実際には『上下の関係』が存在する「社会性」の中では、HSC・HSPは、「自分の思いを通したい」をあまり表に出すことなく、「相手から認められたい」「自分の世界を守りたい」という思いが強く表れがちです。
(ただし、HSC・HSPという敏感さと、HSS⦅High Sensation Seeking=刺激追究型⦆もしくはHNS⦅High Novelty Seeking=新奇追究型⦆という好奇心の強さを併せ持っている子や人の場合は、新しいものに対する関心が強く、冒険心や探求心に富むなどの特性や、怒りっぽさから、敏感性が隠れてしまいやすいが、「相手から認められたい」「自分の世界を守りたい」という思いを強く持ちながら、刺激を求めて活発に行動する傾向が強いため、「自分の思いを通したい」という思いまでも強く表れることが多い)
そのためHSC・HSPは、自分が受け入れられない不快な考えや欲求・感情の処理の負担も多くなりがちなのです。
ですから、抑圧といった基本的な防衛機制だけでなく、合理化や昇華などの防衛機制を多く働かせていたり、さらには*嗜癖(しへき)にまで至っている、あるいは、精神的な症状・身体的な症状で出ている、ということも珍しくありません。
*嗜癖(アディクション)…自分にとって都合の悪い、負の感情や考えや満たされない欲求を、紛らわすために身についた、『ある習慣への執着』。気晴らし程度に留まらず、それがなくては安定しないために、自分の意志ではやめることが困難なレベルに至っていること。
・人を介する嗜癖・・・共依存・恋愛・セックス・いじめ・虐待(侵入やコントロールを含む) など、
・物に対する嗜癖・・・アルコール・薬物・ニコチン・カフェイン・食べ物(過食) など、
・特定の行動に対する嗜癖・・・インターネット・スマホ・ギャンブル・仕事・勉強・買い物 など、
人からの評価によって自分の価値が決まるということに大きく意識が傾いている場合は、「面倒を見る」「お世話をする」「人の役に立つ」「教える」 「指導する」という行為を通して、人よりも優位に立つことで心を安定させようとする要素を含む、『共依存』や『仕事依存(嗜癖)』、『勉強依存(嗜癖)』などが見られがちです。
敏感な特性が最も現れにくい時期
『上下の関係』が存在する学校や組織の中では、何とない違和感を自覚しているHSC・HSPや、生きづらさを感じているHSC・HSPが存在していてもまったく不思議ではないのです。
HSC・HSPを提唱したエレイン・N・アーロン博士によると、HSC・HSPの10代半ばから20代前半は、敏感な特性が最も現れにくい時期で、20代後半からは、従来の特性が表に出てくるのだそうです。
これは、若い時はいろんな方法で誤魔化すことができたけど、歳を重ねることで、誤魔化しが効かなくなるということとすごく似ています。
自分にとって安心・安全でないところから離れる
気がつくと私は、あと3年で還暦を迎えることになります。
還暦とは、干支が60年たつと一回りして、元にかえるという意味でこう呼ばれるようになったと言います。
「社会性」の中で生きづらさを感じ、ストレス反応や様々な症状が出ていた私ですが、現在、組織(機関)を離れ、「ありのままに感じ、ありのままに表現していくということが妨げられない」対等で安心・安全な環境・関係性に身を置いているせいか、歳を重ねるごとに直感力などを含む敏感性が増しているような気がしています。
しかしこれは、ある意味、生まれた時の本質的な気質(本来の自分)に戻ってきているようで、以前のように社会に適応していくために感情や感覚を鈍らせたり、自分を誤魔化したり、言い聞かせたり、自分の感情や考え方をコントロールしようとしたり、何かで紛らわせたりする必要がなくなったことが大きいと言えます。
ですから、HSC・HSPで、学校や組織の中で生きづらさを感じていたり、嗜癖あるいは症状が出ていたり、防衛機制を多く働かせていて、現在身を置いている環境や関係性が、安心・安全でないと認識されたら、適応する方法に限らず、時間をかけてその環境や関係性から離れる方法を考えてみる、
そして、
学校や組織にこだわることなく、持って生まれた気質が個性として開花できるような、その子・人の身の丈(気質)に合った方法や環境・関係性を選択していく、ということがとても大切だと思っています。
参考文献
『ひといちばい敏感な子』エレイン・N・アーロン/著、明橋大二/訳 一万年堂出版 2015
【HSCの基礎知識と子育て】生きづらさ・自己否定感・不登校との関係は?

ーポッドキャスト「コルクラボの温度」での対談、配信のお知らせー
妻である心理カウンセラー“Kokokaku”と息子“たける”とともに、
5月23日(水)、ポッドキャスト「コルクラボの温度」の収録に行って参りました。
収録は、東京・渋谷にある株式会社コルクさんの会議室で行われました。
株式会社コルクさんとは、あの『君たちはどう生きるか』『宇宙兄弟』『ドラゴン桜』を仕掛け、メガヒット編集者である 佐渡島 庸平(さどしま ようへい)さんが設立された、クリエイターのエージェントを行う会社です。
対談は、ライターでポッドキャスターのとっちーさんのナビゲートで、Dr.ゆうすけさん、Kokokaku、そして私の4名+たけるで行われました。
Dr.ゆうすけさんは、メンタルヘルスや “自己肯定感” がライフワークという内科のお医者さんで、メンタルヘルスや自己肯定感に関することをツイートやnoteなどで発信していらっしゃいます。
主に、HSC(Highly Sensitive Child)やメンタルヘルスについてお話させてもらってきました。
20分×2本、前編(今回)と後編(次回)に分けての配信です。
ご清聴頂けたら幸いです
【HSCの基礎知識と子育て】
日本での歴史が浅く、まだ認知度の低いHSC
HSC(Highly Sensitive Child)とは、生まれつき『とても敏感な“子ども”』のことで、
『とても敏感な“人”』のことはHSP(Highly Sensitive Person)と言い、いずれもアメリカの心理学者、エレイン・N・アーロン博士によって提唱された概念です。
その歴史を紐解くと、アーロン博士によって、高い敏感性に関するたくさんの調査と研究が重ねられ、1996年にまずアメリカで『The Highly Sensitive Person』というタイトルで出版されました。そして、この本は大ベストセラーになり、その後世界各国で翻訳出版されています。
日本では、2000年に『ささいなことにもすぐに「動揺」してしまうあなたへ。』(富田香里訳/講談社)というタイトルで翻訳出版(現在、SB文庫より刊行)されて以来、HSPという言葉は、徐々に知られるようになってはいます。
一方で、HSCという言葉はそれより大幅に遅く、すでに2002年にはアーロン博士によって『The Highly Sensitive Child』というタイトルでHSCについて詳しく書かれた本が出版されていたものの、日本語に翻訳され、『ひといちばい敏感な子』(明橋大二訳/1万年堂出版)として日本で出版されたのが2015年と、まだ年数も浅いので認知度も低いようです。
また認知度が低い要因として、HSC(HSP)自体は、障がいや病名ではなく、あくまでも心理学的な概念なので、医療関係者における認知度がまだ高くないというのも、理由の一つと思われます。
HSCの割合は?
アーロン博士によると、子ども全体の15~20%(ほぼ5人に1人)が「生まれつき敏感なHSC」であることがわかっているとしています。
HSCは大人になったら必ずHSPになる?
Highly Sensitive、つまり「とても敏感」というのは “気質”のこと。
“気質”というのは、生まれつき備わった性質のことです。
身内との関係や育つ環境・社会環境に適応していくために、様々な要素を取り入れながら、後天的にその多くがつくられていく「性格」とは違って、
生まれ持った“気質”=Highly Sensitive(高い敏感性)は、本質的には大人になっても変わることはありません。
「生きづらさ」や「自己否定感」を抱えやすいHSC
子どもにはそれぞれ個性や独自性が存在し、それぞれに得手・不得手があります。
中でもHSCは、細かいことに気がつき、過剰に刺激や情報を受け止めるため、疲れやすく、慎重で状況をよく観察してから行動します。
自分のペースで思索・行動することを好み、監視されたり、評価されたり、押しつけられたりすることを嫌います。
また、人の集まる場所や騒がしいところが苦手で、新しいことや初対面の人と関わることを躊躇したり、慣れた環境や状況が変わるのを嫌がったりする傾向が見られます。
このようなHSCの生得的な気質である、
「小さなことを気にする自分」「ちょっとしたことに敏感に反応する自分」
「なかなか決断ができない、行動を起こすのに時間がかかる自分」を、
もっとも大切な人から肯定的に受け止めてもらえるか否かで、自分の気質をポジティブに捉えていくか、ネガティブに捉えていくかということについての影響は大きいでしょう。
HSCの場合は、親御さんや周りの大人の人たちがその子の気質の特性を知って、気質に合わせた育て方を行っていくか否か、さらには、その子とともに、気質に合った生き方(教育や職業など)の選択を行っていくか否かは、その子にとっての、その後の「生きやすさ」、「生きづらさ」にまで影響を及ぼしていくものと考えられるのです。
またHSCは、集団に合わせることよりも、自分のペースで行動することを好んだり、ほかの子は問題なくできることを躊躇したり、小さなことを気にしたりしがちですので、
親御さんは「もっと強い子に育ってほしい」「早く社会に適応してほしい」という思いから、苦手なことを克服させなければならないと考えてしまったりします。
そのため、
外向性を基準とする多数派の考え方・感じ方を強要してしまったり、
「あの子はできるのに、あなたはどうしてできないの?」
「そんな細かいこと気にしないの!」「クヨクヨ考えすぎ!」
「イライラさせないで!」「そんなことだと世の中渡っていけないよ!」
などの言葉で、気づかないうちに、子どもの気質を否定してしまったり、心に傷を負わせてしまったりすることで、「自己否定感」や「トラウマ」を抱えた多くのHSCに影響が出ているというのが実際のようです。
HSCと学校
多くの学校は、外向型の子どもたち向けにつくられているため、HSCの中には、様々な不利を強いられて、不適応を起こしやすかったりする子がいます。
その、不適応を起こしやすい理由として、HSCに多い16の特徴を挙げてみました。
【HSCに多い、学校に適応しにくい16の特徴】
③ 外向型の子どもたち向けにつくられている学校で、求められることを苦手に感じることが多く、人と比較したり、うまくいかなかったりした場合に自信を失いがちです。
④ 人の集まる場所や騒がしいところが苦手です。誰かの大声や、誰かが怒鳴る声を耳にしたり、誰かが叱られているシーンを目にしたりするだけでつらいと言います。
⑤ 1対1で話をするのを好みます。大勢の前でスピーチをすることや、大勢の人と会話をすることが苦手な傾向にあります。
⑥ 親友がクラスの中に1人でもいると安心ですが、クラス替えで親友と離れなければならなくなったりすると、すごく落ち込んだりします。
⑦ 物事を始めたり、人の輪に加わったりするなど、行動を起こすのにも時間がかかります。
これは目の前の状況をじっくりと観察し、情報を深く処理(大丈夫かどうか確認)してから行動するためです。
⑧ 刺激を受けすぎて、それに圧倒されると、落ち着きがなくなったり、話を聞けなくなったり、物事がうまくできなかったりします。恥ずかしさや刺激が多すぎて不安を感じる状況や環境では、冷静さや自制心を失って、その子が持っている本来の良さや力が発揮できなくなるのです。
⑨ 想定外のことや突発的な出来事に対してパニックになってしまうことがあります。
⑩ 自分と他人との間を隔てる「境界」が薄いことが多く、他人のネガティブな気持ちや感情の影響を受けやすい傾向にあります。例えば、他人の気分に影響されて、動揺したり、悲しくなって元気がなくなったりするなど。
⑪ 安心できていない人に、急に話しかけられたり、頭をなでられたり、顔や体を触られたり、抱きつかれたりすることを嫌がります。
⑫ 嫌だと思っても、なかなか「No」が言えません。支配的な人や、あなたのためになると言って受け入れさせるような関わり方をしてくる人には特に、です。
⑬ 先生がどのような人かの影響は大きいです。相性が良くない場合は、地獄だと言います。
⑭ 子ども扱いにする人や権威を示す人、権力をふりかざす人が極端に苦手です。
⑮ 自分の気質に合わないことに対して、ストレス反応(様々な形での行動や症状としての反応…HSCの場合「落ち着きがなくなる」「固まる」「泣きやすい」「駄々をこねる」「言葉遣いや態度が乱暴になる」「すぐにカッとなる」「ものに当たる」「引きこもる」、「不眠」「発熱」「頭痛」「吐き気」「腹痛」「じんましん」など)が出やすい傾向にあります。
⑯ 細かいことに気がついたり、些細な刺激にも敏感に反応したり、過剰に刺激や情報を受け止めたりするため、学校での環境や人間関係から強い「ストレス」を感じてしまい、不適応を起こしやすく、 また、人の些細な言葉や態度に傷つきやすく、小さな出来事でも「トラウマ」となりやすいところがあります。
これらの特徴への認識が、HSCに関わる大人の人たちに共有され、慣れるまでのそれぞれに合ったやり方やペースが尊重されると安心です。
しかしそうでない場合、『どうして自分にはできないのだろう』、『どうして自分はほかの子と違うのだろう』という思いが強まって、「自己否定感」や「劣等感」を抱えやすく、さらには「トラウマ(心の傷)」まで抱えてしまっていることが往々にしてあります。
実際にHSCにとっては、学校生活や学校環境は過酷になっていることが多いですから、そのような場合は、学校以外の選択肢を準備して、HSCの気質・特性を活かす道を時間をかけて子どもさんと共に探していくことがとても大切だと思っています。
「義務教育」は、子どもが学校に行く義務ではない
「義務教育」という言葉からは、「子どもが学校に行く義務」というふうに解釈してしまいそうになりがちですが、「義務教育」の『義務』とは、子どもが学校に行かなければならない義務ではありません。
「義務教育の義務とは、子どもの学ぶ権利を保障するおとなの側の義務の意味であって、子どもが学校に行く義務ではなく、親の就学義務も、子どもの学ぶ権利を親として援助する義務であり、登校を強制することが子どもの心を傷つけるような場合に、むりやり学校へ行かせる義務ではない。子どもの学ぶ権利は、学ぶ場と学ぶ方法を選択する自由を含んでいる(『子どもは家庭でじゅうぶん育つ』東京シューレ著 / 東京シューレ出版 P47,P51より引用)」ということなのです。
気質が「社会性」に合っていない
社会は多数派の人の在り方を基準に作られています。
そして世の中の多くの人たちは、基本的に「社会性」を基準として生きています。
「社会性」とは、集団をつくり他人と関わって生活しようとする性質や傾向を持つ、外向性・社交性に価値を求める性質や傾向を持つ、ということです。(個人的には、そこに上下の関係が必ず存在するということを付け加えたい)
世の中全体では、外向型を理想とする人たちのほうが多数で、私たちはその外向型の人間を理想とする価値観の中で当たり前のように生活しているのです。
アーロン博士によると、全体の15~20%がHSC・HSPに該当すると言われていますが、その中の結構な割合のHSC・HSPの子や人たちが、「社会性」を示すような、集団や組織をつくり他人と関わって生活しようとする本能的性質・傾向を持つ人間ではなく、上下が無く対等で安心できる特定の人との関係において、共感や共有を重視するといったより深い親密性や温かい心の交流を求め、その関係性の中から存在意義を見出そうとする、本能的性質・傾向を持っていると私は考えています。
(ただし、外向型の人間を理想とする社会の中に適応しているため、HSC・HSPの中にも外向型を装っていたり、自分は外向型だと信じきっている子や人も一定数存在するようです)
そのため、外向性・社交性や、集団や組織をつくり他人と関わろうとすることに価値を置く「社会性」に対して、ストレス反応(落ち着きがなくなる、動悸や窒息感などの症状が出るなど)が起きやすかったり、不安感や憂うつ感、過度の対人緊張などの症状が出やすく、*敏感性が高ければ高いほど、その傾向が強くなると言えます。
*敏感性の高さの目安
敏感性の高さの目安として参考になるのではないかと思うのが、デンマークの心理療法家であるイルセ・サン氏の著書『鈍感な世界に生きる 敏感な人たち』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の中のP2-5に記載されている『HSPチェックリスト』のグループAです。あくまでも私の直感ですが、このグループAの点数の合計が100点を超える方は、敏感性が極めて高いと思われます。この点数は、HSPに対する理解が深まるほど、HSPを肯定的に受け止めるほど、UPします。また、現在「社会性」の中に身を置き、外向型を装いながら生きておられる方は、点数が低く出やすい傾向にあります。
現行の医療、例えば、症状を薬で抑える薬物療法や、思考で認知を変えることを目的とした認知行動療法などは、社会に戻すことや、社会性の中で生きることを前提とした治療法であって、HSC・HSPの中でもより敏感性が高い子や人ほど、ご本人が満足するような成果は得られにくいと思います。
それは、気質が社会性に合っていないからであって、身を置いている環境や関係性から離れるという選択肢がない中で、自分を誤魔化したり、ポジティブな言葉やイメージ思考で言い聞かせたり、自分の感情や考え方をコントロールしようとすることに、心が納得していないからなのではないか、と考えるのです。
ただし、過去にストレスやトラウマを抱え、その時のストレスやトラウマに関連した場面や人が重なって、症状が起こっているケースも往々にして見られるため、その場合は、トラウマ回復のためのケアを施す必要があります。
HSC・HSPは、自分の気質に合った環境の中で花開く
私は、本来HSC・HSPの子や人たちは、自分のペースで「自発的」に「主体性」をもって自分らしく生きることに生きがいを感じる子や人たちであり、
そして、
本来HSC・HSPの気質は、人からコントロールされたり、やらされたり、押しつけられたりするなど、その子・人の独自性が阻まれることを強烈に嫌がるほどの「強い個性」であると捉えています。
それは別の視点から見ると、天から与えられた資質(天賦)を完全な姿へと発展させようとする力が強いということでもあるのですが、生まれ持った独自の気質が、その子の個性として花開くかどうかは、その子の生育環境の影響が特に大きいと考えるのです。
子どもの気質に合わせた子育て
時代は変わり、家族の在り方や環境、子育ての仕方も、私の子どもの頃とはだいぶ違いが出てきています。それに伴って、前の時代の「当たり前」のことで、だんだん通用しなくなっているものが出てきている、ということも事実です。
「当たり前」を「当たり前」と思い続けて、それに合わせようとしたり、それを守ろうとしたりすることで、いち早く生きづらさを感じてしまうのも、敏感な気質を持った子どもさんなのです。
だからこそ、学ぶ場や学ぶ方法、働く場や働く方法に変革が必要です。
一部の人の中には、既存の考えに縛られずに、時代の流れをいち早く読み取り、ITを取り入れながら「自分の足で歩き、自分で行き先を決める生き方」をすでに確立されているなど、先見の明に優れた方もいらっしゃるようです。
その意味で、子どもさんが自発的な意志やペースで、子どもさんの身の丈(気質)に合った方法や環境を選択していくことが大切だと思われます。
そしてそのような環境を、親御さんが確信を持って提供できることこそが、子どもさんの個性や感受性(感性)を花開かせる土台だと考えています。
コミュニティ“HSC子育てラボ”について
HSCの気質が妨げられないような子育てには、世間(社会)の常識の枠に当てはまらない選択や判断が必要になる場面が多くなることが予測されます。
ある時は、世間や目上の人の期待や理想を裏切るように思えて、自分にはとてもできないと怖くなるかもしれません。
しかし、子どもさん側の気持ちに寄り添った正確な情報や知識を得ながら、親御さんが支えられ、励まされ、安心や助言を共有できるような場・つながりがあれば、子育てに安定がもたらされていくものと思われます。
HSCのことが書かれた書籍はまだまだ少ないようですし、HSCに対する世間の理解もまだまだと思います。
HSCについてもっと知ってもらいたいと思い、『HSC子育てラボ』というサイトを立ち上げました。
参考文献(出版年度順)
『子どもは家庭でじゅうぶん育つ―不登校、ホームエデュケーションと出会う』東京シューレ/著 東京シューレ出版 2006
『ささいなことにもすぐに「動揺」してしまうあなたへ。』エレイン・N・アーロン/著、冨田香里/訳 SB文庫 2008
『ひといちばい敏感な子』エレイン・N・アーロン/著、明橋大二/訳 一万年堂出版 2015
『鈍感な世界に生きる 敏感な人たち』 イルセ・サン/著 ディスカヴァー・トゥエンティワン 2016
『子どもの敏感さに困ったら読む本 : 児童精神科医が教えるHSCとの関わり方』長沼 睦雄/著 誠文堂新光社 2017
敏感気質(HSP)だとどうして生きづらいのか? 原因と対処法

- 対人関係における生きづらさの原因とは
- 感情を吐き出すことの重要性
- 敏感性の高さと傷つきやすさ
- 閉じ込めてきた負の感情を解放するには
- 敏感性が極めて高い人には、さらなる安心・安全な環境のグレードアップが必要
- 心が社会性を求めていない
- 多数派の人たちの中に生きる少数派のHSC・HSP
- 内向的
- 自分の気質を知るということ
- 少数派なりのコミュニティーをつくることで幸福度が高められる
- HSC・HSPの人たちが持つ才能や能力を発揮させるための職業とは
- さいごに
対人関係における生きづらさの原因とは
人間の生きづらさは、主に「不安定な愛着(愛着障害)」「子ども時代に受けたトラウマ」「子ども時代の関係性の中で生まれたストレス」が大きく影響していると考えられています。
この、トラウマ(心の傷)は、どのようにして生まれるのでしょう?
あるつらい体験をした時、その時に湧き上がった怒りや悔しさ、あるいは恐怖や悲しみなどの負の感情に対して、何の対応も取らなければ、外に吐き出されることなく、誰からも受け止めてもらうことなく、解消されずに、心の奥底に抑え込まれ、心の中にトラウマ(心の傷)として残ってしまうのです。
心の中に、その時の傷やそれに付随する負の感情が浮遊したままだと、その時のことを思い起こさせるかのように、その時と同じような関係性の再現・再体験が起こりやすかったり、その時と同じような関係性の再現・再体験が繰り返されたりします。
私は、これが対人関係における生きづらさの主な原因であると考えるのです。
感情を吐き出すことの重要性
そのためトラウマの回復には、消化されずに心の中に浮遊している負の感情が、心の中から外に解放されていくことが必要です。
時間をかけて過去を掘り起こしながら、その時の感情を拾い上げ、必要ならば、怒鳴ったり、わめいたり、思いっきり泣いたりすることで外に吐き出されることによって、その時の出来事が過去のものとなり、「時間とともに忘れていく」ことができるようになる。この『感情の解放』が、トラウマの解消のベースとなります。
私が行っているセラピーでは、子どもの頃から心に傷を負ったまま放置されている自分を回復させていく作業(インナーチャイルド・ワーク)を重視します。
過去(主に幼少期)のつらい体験があった年齢までさかのぼって、閉じ込めてきた負の感情の存在に気づき、その感情を感じ直すことから始めます。その時の感情を感じたら、ありのまま表現し、過去の感情を解放していきます。
これは、インナーチャイルドの声や体験、その時の気持ちをカウンセラー(セラピスト)と一緒に拾いながら語ってもらうことで、光にさらしていくというものです。
この、インナーチャイルド・ワークによる
①『感情の解放』のほかにも、
②『無力で自分を守る術(すべ)を持ち得なかった子ども時代に負わされていたトラウマの責任と、その時の感情の責任を本来負わなければならなかった相手に返すこと。返すとは、負わされていた責任をしっかりと自分から切り離すということ』、
③『生まれ育った環境や関係性の中で身につけた考え方や対人関係のパターンを、自分にとってプラスになるように変えていくこと』、
④『感情を適切に処理できるスキルを身につけること』、
⑤『感じたこと思ったことを自由に表現できる、上下の無い対等性・平等性が確保された安心・安全な環境に身を置くこと』
⑥『安心の基地をつくること。安心の基地とは、自分の考えや感情が否定されずに共感的に受け止められる安心感と、困った時は助けに応じてもらえる、味方になってもらえると信じることができる信頼感を備えた基地のこと』
などのテーマを主な課題として取り組んでいきます。
(子ども時代に受けたトラウマやトラウマ回復のためのセラピーに関しては、拙著『ママ、怒らないで。不機嫌なしつけの連鎖がおよぼす病』⦅風鳴舎⦆の第5~10章と巻末のセラピー・メモをご参照下さい)
心の中に閉じ込めてきた負の感情が、浮遊したままで過去のものとなっていないから、その負の感情が、トラウマの原因になったその時の相手と置き換わるような人を引き寄せて、そのことに気づかせるかのように、同じような関係性が再現(再演)され、繰り返されていたのです。
ですから一般に、閉じ込めていた負の感情の多くを解放することで、この関係性の再現が止まる(引き寄せがなくなる)ため、対人関係における生きづらさは解消されていくのです。
ただし、ここで生きづらさが解消されていくのは、敏感性が低いか、それほど高くない人の場合です。
敏感性の高さと傷つきやすさ
敏感性の高いHSC・HSPの場合、セラピーを施しても、本人が満足するだけの生きづらさの解消には中々つながらないのです。
敏感性の高いHSC・HSPは、細かいことに気がつき、ささいな刺激にも敏感に反応し、過剰に刺激を受け止めるため、疲れやすかったりして、それが生きづらさの原因になっていることがあります。
しかしそれ以上に、生きづらさを決定的にしているのが、傷つきやすさとトラウマです。
HSC・HSPは、生まれつき繊細で傷つきやすく、トラウマを重ねてしまっていて、しかも傷が深くなっていることが往々にしてあるのです。
敏感性が高ければ高いほど、その傾向が強くなります。
というのは、敏感性の高いHSC・HSPは心の傷を抱えると、過剰に敏感(過敏)になって、さらに傷つきやすくなるからです。
つまり、一旦トラウマを抱えると、些細なストレスに対しても過剰に反応するようになって、ストレスに対する抵抗力(ストレス耐性)は下がりますので、さらに傷つきやすくなって、トラウマを重ねていくという悪循環にはまってしまうのです。
この場合、敏感性が低いか、それほど高くない人の場合と違って、閉じ込められてきた負の感情が計り知れないくらいの量になっていることがあります。
※一般にHSC・HSPは、「内気」「引っ込み思案」「神経質」「心配性」「臆病」などと、ネガティブな性質を持った子・人として捉えられがちですが、それらは持って生まれた“先天的な気質”ではなく、育ちの中でつくられていった“後天的な性格”なのです。
そしてそれらの「内気」「引っ込み思案」「神経質」「心配性」「臆病」な性格というのは、過去におけるストレスやトラウマ体験が影響しているものと考えられています。
閉じ込めてきた負の感情を解放するには
そのような意味で、⑤の『安心・安全な環境』に身を置くことがより一層求められます。
今までのような、感情を抑圧せざるを得なかった環境や関係性から離れ、安心して自分の感情を感じ、自由に表現できるような安心・安全な環境や関係性に身を置くと、脳(心)は回復の動きを始めるからです。
上下の関係や、支配・押しつけのない安心・安全な環境や関係性に身を置くということがとても大切なのです。
安心・安全な環境や関係性が確保されなければ、否認や抑圧、または*解離といった無意識レベルでの防衛機制が発動してしまうことがあります。
防衛機制が発動している間は、感情が解放されることはなくなります。
*解離…強いストレスを受け、物理的に逃げ出すことができない時に、自分という意識が分離して、もうひとりの自分(別人格)をつくり出すことで、苦痛に耐えようとする心の防衛反応。
しかし、安心・安全な環境や関係性が確保され、そして脳(心)が安全を感知すると、感情への否認が解け、今まで閉じ込めてきた負の感情を解放し始めます。
閉じ込めてきた感情の量にもよりますが、その分の感情が解放されていくことになります。
今まで見ないように感じないように閉じ込めてきた負の感情に触れていくわけですから、解放している期間は症状が悪化したように感じてしまうこともあります。
これを、ヒーリング・クライシスと言います。
(詳しくは2017-06-28の記事、『ヒーリング・クライシス』をご参照下さい)
敏感性が極めて高い人には、さらなる安心・安全な環境のグレードアップが必要
敏感性の高いHSC・HSPの中でも、*敏感性が極めて高いHSC・HSPでは、安心・安全な環境や関係性の必要が家庭環境だけでは留まらず、家の外の社会にまで及ぶ場合があります。
このようなケースでは、自分の気質と合わない・安心安全でないと感じられる目の前の環境や関係性に対して、過剰に敏感(過敏)になって、ストレス反応(過度に緊張してしまう、落ち着きがなくなる、動悸や窒息感などの症状が出るなど)が起きやすい傾向が見られます。
これは、一旦トラウマを抱えた脳は警戒心が強くなっていますので、例えば、過去のストレスやトラウマに関連した場所・人・場面など、不安を呼び起こすような状況や環境などに対して、その過敏性による反応が重なっていることが十分に考えられますが、一方で、その子・人の独自性が阻まれることを嫌がるほどの「個性」の強さを意味することだとする別の視点から見た場合、持って生まれた気質の回復、失われてきた個性の奪還というべき現象とも考えられるのです。
*敏感性が極めて高いHSC・HSPとは
なお、HSPの敏感度の指標として参考になるのではないかと思うのが、デンマークの心理療法士であるイルセ・サンさんの著書『鈍感な世界に生きる 敏感な人たち』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の中のP2-5に記載されている『HSPチェックリスト』のグループAです。
あくまでも私の直感ですが、このグループAの点数の合計が100点を超える方は、敏感性が極めて高いに該当すると思われます。
ただしこの点数は、その日の気分によっても変わりますし、HSPに対する理解が深まるほど、HSPを肯定的に受け止めるほど、UPすると思います。例えば、初回は80点台だったとしても、HSPについての理解が深まることで、のちに施行した点数が100点を超える、ということは、十分にあり得ます。
敏感性が低いか、それほど高くない人の場合だと、社会に対して、ある程度自分を目の前の環境や関係性に合わせること、つまり自分自身を変えるというコントロールを行うことができるのに対して、敏感性がより高いHSC・HSPほど、それは「個性」の強さでもありますので、その人の独自性を保持しようとする力が大きくなり、目の前の環境や関係性に合わせることに“抵抗”が起こりやすくなります。
“抵抗”が起こりやすくなるというのは、生きづらさを意味するのです。
心が社会性を求めていない
というのは、自覚の有無は別として、結構な割合のHSC・HSPが、「社会性」を示すような、集団や組織をつくり他人と関わって生活しようとする本能的性質・傾向を持つ人間ではなく、安心できる特定の人との関係において、共感や共有を重視するといったより深い親密性や温かい心の交流を求め、その関係性の中から存在意義を見出そうとする、本能的性質・傾向を持つ人間だと考えるからです。
つまりこのような人は、 心が(集団や組織をつくり他人と関わって生活しようとする本能的性質・傾向を持つ)社会性を求めていないということを意味します。
そのため、自分の気質(身の丈)に合った、より安心安全な環境や関係性の選択を求められるのです。
もうひとつは、より安心安全と感じられる環境や関係性を確保することで、閉じ込めてきた負の感情の解放を加速したいということを、心が求めることもあります。
この、より安心安全な環境や関係性とは、実は何も特別なことでなく、幼い頃から本来心が求めていた環境や関係性なのです。
多数派の人たちの中に生きる少数派のHSC・HSP
多くの学校は、多数派の占める外向型の子どもたち向けにつくられ、社会も多数派の人の在り方を基準につくられています。
社会性や外向性を重視する環境や、敏感さによる反応が受け入れられにくい環境では、敏感で繊細な感受性という気質を持ち、内的生活に価値を置く多くのHSC・HSPにとって、環境と気質が相容れず、少数派のHSC・HSPはさまざまな不利を強いられるため、生きづらさや不適応を抱えやすいのです。
しかし実際には、「ご自身がHSC・HSPであることに気づかずに、生きづらさを抱えている、気づいていても今置かれている環境や世界から抜けられないで苦しんでいる子どもさんや大人の方々がかなりの割合でいらっしゃる」ということです。
つまり、HSC・HSPの人たちは、自分の気質を知らないまま、あるいは、知ったとしても、自分の気質が尊重されないまま、社会性や外向性を理想とする多数派の人たちの価値観に合わせながらその世界の中で生きることで、生きづらさを抱え、さらにその中で「*愛着の傷」や「トラウマ」を負い、生きづらさを強めていると私は考えているのです。
*例えば、母子の分離不安が高まっている時期に、人手に預けられたこと、園に行かなければならなかったことなど、自分の気持ちや意志とは関係なしに、無理やり母親から引き離された時の体験などが傷となって残り、見捨てられることに対する不安の強い不安定な愛着パターンやスタイルとなって尾を引いている、など。
内向的
HSC・HSPの大半は内向的と言われており、内向的な人というのは、刺激の強すぎない環境を好む性質であり、内面の世界に意識が向いていて、自分の感じ方を大切にする人で、個人的には、その多くがご自身の家庭に幸せ感や価値を求めているものがあるように感じています。
つまりそれは、家庭に『安心の基地』を強く求めているということです。
あまり意識されることはないのですが、ここで注目したいことは、多くの人たちが、社会を基準としていて、社会性を身につけることを当然として考えているということです。そして、「社会という常識の枠」の中で無意識に生きています。
しかし、ある種の人にとっては、「社会という常識の枠」は厄介で、「社会という常識の枠」からはみ出すことは、意識的、無意識的にも、自身を脅かすものとなっているのです。
例えば、「人並みにしておかないといけない」とか「人に遅れをとってはいけない」とか「社会から落ちこぼれては生きていけない」とか、
人というのは、世間様のことで、つまり社会を意味します。
このような考えに縛られ、「社会という常識の枠」に押し込まれていると、徐々に主体性が失われていくことにもなりかねません。
また、集団から離れたり、組織に属していないと、心が不安定になりやすかったりもします。
自分の気質を知るということ
自分の気質について、はっきりと知ることから始めましょう。
自分の気質に目の前の環境や関係性が合ってないから、生きづらさやそのほかにも、人前や対人関係での緊張などを抱えていないか、向き合ってみましょう。
(私は、この生きづらさのみならず、人前や対人関係での緊張も、目の前の環境や関係性に対して、合っていないということを示している心の正直な反応だと考えるのです)
そして、ご自身や子どもさんが敏感性が極めて高く、集団や組織に合わないタイプだとわかったら、時間をかけて目の前の環境や関係性から、離れる方法を考えてみましょう。
教育や職業に関しても、学校や組織にこだわることなく、持って生まれた資質や個性が開花できるような、その子・人の身の丈(気質)に合った方法や環境・関係性を選択していきましょう。
少数派なりのコミュニティーをつくることで幸福度が高められる
ただし、集団や組織から離れ、自身や子どもさんの気質に合った環境や関係性を選択されている、少数派の方々や少数派の子どもさんを持つ親御さんでは、周りを意識し過ぎると、「社会の常識を無視した生き方」や「世間から外れた生き方」のように感じられ、劣等感や無力感に苛まれやすい傾向にあります。
ですから、少数派なりの同じ価値観を持つ者同士でコミュニティーをつくって、少数派だけれど、自分の生き方や感じ方が肯定されるような安心できる人たちとの関係において、共感や共有を重視するといったより深い親密性や温かい心の交流を高めていくことが、HSC・HSPにとっての幸福度に直結するという意味でとても重要なことなのです。
AC(アダルト・チルドレン)概念の第一人者で臨床心理士の信田さよ子さんは、著書『愛情という名の支配』(新潮社)の中で、少数派が仲間をつくることの重要性について次のように述べられています。
一貫しているのは、日本の社会は、建前は民主主義だし、個性尊重だし、主体性や自立を重んじていますが、日常の実際の生活は逆で、個性を出したらたたかれるし、自立したら引き戻される、自分らしく生きようとすると社会から排斥される、そういう社会なのです。
集団でうまくいかない人がいると、「あの人、常識ないわね」ということになりがちです。この場合の常識は、そのような社会を守るようにはたらいているのです。姿なき他人の目が常識であり、その目を無視することは、とても勇気がいります。でも、「私」を出すことが自分に必要と思ったら、勇気を出しましょう。目立つことは、日本ではとても勇気がいることなのです。それを支えてくれる友人を持つことで、その勇気の崩れることが防げるでしょう。
(中略)
1人で「私はこんな常識無視しよーっと」などと言うことは、ドンキホーテが風車に向かっていくようなもので、吹き飛ばされるに決まっています。そういう時は、同じような状況にあって、同じような考え方を持っていて、「あなたは、ちっとも変じゃないのよ」と言ってくれるカウンセラーや人とつながりを持って、勇気づけれれることが必要です。常識の方が多数派で、それを無視する方は少数派に決まっています。ですから少数派は仲間をつくらなければつぶされてしまうのです。
「類は友を呼ぶ」と言いますが、2~3人でもいいでしょう。「みんなが」「世間が」と言っても、私たちが経験する多数派は、せいぜい20人前後です。恐れることはありません。
(『愛情という名の支配』 信田さよ子著 / 新潮社 P183-186より引用)
HSC・HSPの人たちが持つ才能や能力を発揮させるための職業とは
具体的には、HSC・HSPの人たちは内面の世界に意識が向いていて、鋭い感性と想像性に優れているため、クリエイティブ(創造的)な仕事に向いています。
例えば、作家、画家、漫画家、カメラマン、写真家、音楽家、デザイナー、インターネットを介した創作的活動や販売などです。
なおHSC・HSPは、人の気持ちに寄り添ったり、その場の空気を読み取ったりするなど、思いやりや共感力・直感力に優れていて、繊細で細かい気配りができるという長所があるため、接客などのサービス業や医療・介護職、心理カウンセラーなどの職種で能力が発揮されるのは確かです。
しかしHSC・HSPの場合、1対1や1対2~3人と、少数の人との関わりならまだ良いのですが、相対する人の数が多くなるほど、HSC・HSPの持つ力が発揮されにくくなることや、疲労度が増していくということが懸念されます。
また、医療・介護職や心理職など、相手との距離が物理的にも心理的にも近くなりやすいものは、自分を守るためのシールドをつくるなど、自分と他者の間の境界線をしっかりとしたものにしておかないと、非常に消耗します。
なぜならHSC・HSPは、自分と他人を区別する境界の壁が薄いことが多いため、相手の負のエネルギーや負の感情の影響を受けてしまうことがあるからです。
その意味でこれらの職種を選択される場合は、慎重に臨まれる必要があるように感じられます。
さいごに
「学校や会社に行かなくてもちゃんと将来はある」
「あなたは今いる環境よりももっと、持って生まれた才能を開花させることができる別の選択肢を選んだ方が良い」
目の前の環境や関係性の中で生きづらさや苦しみを抱えている方や子どもさんにとって、このように語ってくれる人の存在が必要なのと、
「自分は大丈夫」「これから何とかなる」と思うことができる、『安心の基地』を構築する、または構築してあげる、ということがとても大切なのです。
参考文献(出版年度順)
『ひといちばい敏感な子』エレイン・N・アーロン/著(1万年堂出版)2015
『鈍感な世界に生きる 敏感な人たち』 イルセ・サン/著(ディスカヴァー・トゥエンティワン)2016
『敏感すぎて生きづらい人の 明日からラクになれる本』長沼睦雄/著(永岡書店)2017
『過敏で傷つきやすい人たち 』岡田尊司/著(幻冬舎新書)2017
【HSCと不登校】

学校との相性を知るための、20のチェックリスト
子どもさんは、次のチェック項目にいくつ当てはまりますか?
□ 集団に合わせることよりも、自分のペースで行動することを好む。
□ 評価されたり、監視されたり、強要されたり、急かされたり、競争させられたりすることが苦手である。(どれか一つでもある)
□ よく人と比較して、自分が劣っていたり、うまくいかなかったりしたことで自信を失いがちである。
□ 人の集まる場所や騒がしいところが苦手である。
□ 誰かの大声や、誰かが怒鳴る声を耳にしたり、誰かが叱られているシーンを目にしたりするだけでつらいようである。(どれか一つでもある)
□ 1対1で話をするのを好む。
□ 大勢の前でスピーチをすることや、大勢の人と会話をすることが苦手な傾向にある。
□ クラス替えで親友と離れなければならなくなって、すごく落ち込んでいたことがある。
□ 物事を始めたり、人の輪に加わったりする時など、行動を起こすのに時間がかかる。
□ ちょっとしたことを気にする傾向にある。
□ 刺激を受けすぎると疲れやすい。神経が高ぶりすぎた時はなかなか寝つけない。(どちらか一つでもある)
□ 刺激を受けすぎて圧倒されたりすると、落着きがなくなったり、言うことを聞けなくなったり、物事がうまくできなかったりする。(どれか一つでもある)
□ 刺激が多すぎて不安を感じる状況や環境では、冷静さや自制心を失って、持っている本来の良さや力が発揮できなくなりやすい。
□ 想定外のことや突発的な出来事に対してパニックになってしまうことがある。
□ 他人のネガティブな気持ちや感情の影響を受けやすい。例えば、他人の気分に影響されて、動揺したり、悲しくなって元気がなくなったりするなど。
□ 安心できていない人に、急に話しかけられたり、頭をなでられたり、顔や体を触られたり、抱きつかれたりすることを嫌がる。(どれか一つでもある)
□ 嫌だと思っても、なかなか「No」が言えない。
□ 子ども扱いにする人や権威を示す人、権力をふりかざす人が極端に苦手である。(どれか一つでもある)
□ ストレスに対する反応、例えば、「落着きがなくなる」「固まる」「泣きやすい」「言葉遣いや態度が乱暴になる」「すぐにカッとなる」、「不眠」「発熱」「頭痛」「吐き気」「腹痛」「じんましん」などが出やすい。(どれか一つでもある)
□ 人の些細な言葉や態度に傷つきやすい
これらは、HSCに見られやすい傾向です。
チェック項目に該当する数が多いほど、HSCにとって学校生活は負担が大きくなる(大きくなっている)ことが予測(推測)されます。
これらの傾向への認識がHSCに関わる大人の人たちに共有され、慣れるまでのそれぞれに合ったやり方やペースが尊重されると安心ですが、そうでない場合、 学校生活は、つらいものとなるでしょう。
HSC・HSPを提唱したエレイン・N・アーロン博士は、次のような言葉で、HSCのペースを大切にすることを強調しています。
自分のペースで新しい環境に入っていけるようにしましょう。幼稚園、小学校、中学校でも、HSCが新しい環境に溶け込むには、何週間も、何ヵ月も、時には1年くらいかかることもあります。特に幼いうちは、人の輪に入りたがらない場合は焦らないようにしましょう。ただしばらく観察することが必要なのです。(中略)
HSCは石橋をたたいて渡ります。安全と分かるまでは、リスクを取りたがりません。そしてその子たちにとっては、学校生活そのものがリスクの塊なのです。
(『ひといちばい敏感な子』エレイン・N・アーロン著 / 明橋大二訳 / 1万年堂出版 p410-411より引用)
多数派の子どもたちの中で、生きづらさを抱える少数派のHSC
先日私が『HSC子育てラボ』に投稿した記事、『【定型発達の人たちの中で生きるHSC・HSP】 定型発達症候群とは !?』の中で、
HSC・HSPの人たちは、自分の気質を知らないまま、あるいは、知ったとしても、自分の気質が尊重されないまま、「定型発達」とされる人たちの価値観に合わせながらその世界の中で生きることで、生きづらさを抱え、さらにその中で「愛着の傷」や「トラウマ」を負い、生きづらさを強めているという見方を、私はしているのです。
ということをお伝えしました。
子どもさんの場合は、不登校がそうです。
多くの学校は、外向型の子どもたち向けにつくられているため、HSCの中には、様々な不利を強いられて、不適応を起こしやすかったり、多数派の人たちには想像もつかないほどの生きづらさを抱えている子がいるのです。
不登校のHSCに何が起こっているか
「いじめ」などの問題を除いて、学校に通っていたHSCが学校に行けなくなるという不登校の多くは、「社会性」や「その子にとっての過剰な適応能力」を求められた結果、期待に応えようと「頑張ってきたことに対する息切れ」や「集団のペースに合わせて生きることへの限界」を意味しているものと、私は考えています。
しかし、そこに「トラウマ」が絡んでいた場合、事態はより複雑化しています。
学校に行けなくなった子どもさんの心とからだは、どのようになっているのでしょう?
ここでは、敏感で繊細なHSCのことについて述べていきたいと思います。
外向性を重要視する学校という環境やその人間関係の中で、気質に合わないことによる多くのストレスと、その中で抱えざるを得なかった「自己否定感」や「劣等感」、さらに「挫折感」や「屈辱感」、
そして「学校に行きたくないと言ったこと」「学校に行けなくなったこと」で親に迷惑をかけてしまったという「罪悪感」などによって、身も心も疲弊していることが多いのです。
また、「ほかの子に遅れをとってはいけない」「周りから『学校に行かないのは甘えだ、わがままだ』と見られているのではないか」などの親御さんを縛るこのような考えから、親御さんが追い詰められて、何とか学校に行かせなくてはという焦りが、子どもさんに対しての圧力になっていたのかもしれません。
繊細で傷つきやすいHSCにとって、小さな出来事でも「トラウマ」となって残っていることが多く、その時に湧き上がった怒りや悔しさ、あるいは恐怖や悲しみなどの負の感情は、外に吐き出されることなく、誰からも受け止めてもらうことなく、解消されずに、心の奥底に抑え込まれています。
それは、就学前の、母子の分離不安が高まっている時期に、早く親離れできるようにと、人手に預けられたこと、園に行かなければならなかったことなど、子どもさんの気持ちや意志とは関係なしに、母親から引き離されたという体験が「トラウマ」となっていたのかもしれません。あるいは、学校で先生に当てられて答えられなかったとか、みんなの前で恥をかいたという体験などが「トラウマ」となっていたのかもしれません。
それは傍から見るとどうってことのないようなことだったりするのです。
敏感な子は心の傷を抱えると、過剰に敏感(過敏)になって、さらに傷つきやすくなります。
敏感性が高いほど、その傾向が強く出ます。
つまり、一旦トラウマを抱えると、些細なストレスに対しても過剰に反応するようになって、ストレスに対する抵抗力(ストレス耐性)は下がりますので、さらに傷つきやすくなって、トラウマを重ねていくという悪循環にはまってしまうのです。
そして、ストレスから逃れるために、*“解離”という防衛機制を無意識のうちに身につけていくことが多いのです。
*解離…耐えきれないほどのストレスを受け、物理的に逃げ出すことができない時、意識が変容したり記憶が飛んだりすること。「ボーっとしている」「授業に参加してはいるけど成績がかんばしくない」「忘れ物が増える」などで表れることが多い。自分という意識が分離して、もうひとりの自分(別人格)をつくり出すことで、苦痛に耐えようとする無意識的な心の防衛反応でもある。
表に出ていない心の傷
学校に行けなくなったHSCは、学校から離れて過ごすことで、直接的なストレスから解放されますので、次第に落ち着いていき、以前みたいな笑顔も時折見られたりして、一見問題なく過ごしているように見受けられる場合もあります。
しかし、表に出ていない心の傷は、思いのほか深くなっていることが往々にしてあり、何らかの手当てが施されなければ、簡単には癒えてはいかないのです。
というのは、
繰り返しになりますが、つらかった出来事や体験とともに、その時に湧き上がった怒りや悔しさ、あるいは恐怖や悲しみなどの負の感情は、怒鳴ったり、わめいたり、思いっきり泣いたりすることで外に吐き出されて解消され、その時の出来事が過去のものとなり、「時間とともに忘れていく」ことができるようになるのです。
しかし、それらの負の感情に対して、何の対応も取らなければ、外に吐き出されることなく、誰からも受け止めてもらうことなく、解消されずに、心の奥底に抑え込まれています。つまり、心の奥底にトラウマ(心の傷)として残ってしまうのです。
表面的には何事もなかったかのように振る舞っているのですが、心の中はモヤモヤしていて、今までにずっと抑え込んできたもので一杯なのです。
中には、過度に良い子として振る舞うケースも少なくありません。
ただそうしたケースでは、思春期・青年期以降、強いストレスや何らかの挫折をきっかけとして、不安障害やうつ、摂食障害や依存症などの問題 、そのほか結婚後の夫婦間や子育てに関わる問題が表面化してくることも少なくないのです。
トラウマの後遺症(学校を離れても、起こり得ること)
では、トラウマはどんな影響を与えるのでしょうか?
心の傷が深い場合には、その時の出来事や体験が過去のものとなることができず、現在という時間の中で浮遊します。それがトラウマの後遺症として、次のような症状で表れるのです。
神経が過敏になると、眠りが浅くなり、些細な変化や新しい人・場面などに対して警戒心が強くなって、不安が高まるような状況を避けるようになります。
また、強くストレスを受けた場面や傷ついた場面が不意に蘇ったり(フラッシュバックしたり)、そのような場面を夢の中で繰り返し見たりすることもあります。
日常の生活においても、物事や出来事に対してネガティブに捉えやすく、うまくいかないことがあると落ち込んだりしやすくなります。
今以上に傷つかなくて済むように、最悪の事態を考えるなど、悪い方向ばかり考えることを防衛として身につけていることもあるのです。
また、過去のつらかった出来事や体験と同じような状況に置かれたり、過去の関係の中でネガティブな感情を心の奥に抑え込んでしまっていたような関係性のパターンに出会うと、当時抑圧された感情や身体感覚が湧き出します(フラッシュバックします)。
その時と同じ緊張感・恐怖感・無力感などの感情感覚や窒息感・動悸などの症状で呼び起されたり、あるいは頭痛などの身体の痛みや身体の凝りなどの症状となって表れたりするのです。
大量の感情が一気に湧き出してしまうと、パニック発作を引き起こすこともあります。
意識的、または無意識のうちに、ストレスやトラウマに関連した場所・人・場面など、不安を呼び起こすような状況を避けていることもあります。
ただし、このような症状を抱えていたとしても、周りの人に気づかれることは少なく、本人も自分の性格やものの考え方のせいで、そのようになっているものと思い込んでいることが多いため、自らそのことについて口にすることはめったにありません。
これらは、トラウマ体験の後遺症であるPTSD(心的外傷後ストレス障害)に該当し、トラウマ回復のためのケアまたはセラピーが必要になります。
回復に欠かせない『安心の基地』
しかし、それ以上にトラウマ回復のカギを握るのが、安心して過ごすことができる家庭における『安心の基地』が確保されるかどうか、なのです。
今までのような、感情を抑圧せざるを得なかった環境から離れ、安心して自分の感情を感じ、自由に表現できるような安心・安全な環境に身を置いた時、脳(心)は回復の動きを始めます。
上下の関係や、支配・押しつけのない安心・安全な環境に身を置くということがとても大切なのです。
そして脳(心)が安全を感知すると、感情への否認が解け、今まで閉じ込めてきたネガティブな感情を解放し始めます。
それは、今まで見ないように感じないように心の奥に押し込んできた本来の自分の感情や欲求が蘇ってきたことを意味するとても重要な過程ですので、自分の心に従って判断し、行動していくための自由さを伸ばすことのできる「育ち直しの時間」を十分に取る必要があるのです。
子どもさんによっては、幼かった頃に戻ったように、駄々をこねたり、わがままを言ったりして、親を困らせるような言動が目立ったりするかもしれません。
それは、幼い頃から登校過程の様々な場面で体験してきた、「不安で不安でいっぱいだったが何も言えなかったこと」や「傷ついて悲しくて仕方なくても甘えられなかったこと」などの未解決の傷が、修復していくために必要な過程であって、それに対して、否定したり拒絶したりせずに、それらをしっかりと受け止め、言葉にできなかったその痛みに寄り添えるかどうかが重要です。
この時期に徹底的に付き合うことが、安定を回復するきっかけにつながっていくのです。
学校に戻すことが解決ではない
一般に、学校に戻すことを前提としたカウンセリングやサポートが行われていると思われます。
しかしトラウマを抱えた子は、過去のつらかった出来事や体験と同じような状況にまた置かれるのではないか、もしくは、人と接する時にまた傷つくのではいないかと警戒し、過敏になっていて、いつも不安と恐れを感じています。
そのためトラウマを抱えた子を巡る環境や関係性が、その子にとっての安心・安全なものにならない限り、過去のトラウマや過去の関係性の再現、わかりやすいところで言えば、過去と同じような状況に置かれた時、つらかったイメージや感情・感覚のフラッシュバックが繰り返されるのです。
ですから、トラウマを抱えたHSCを、「自分の気質に合わない環境」や「自分の気質に合わない関係性にあるところ」に戻すことは、『百害あって一利なし』と言っても過言ではないのです。
トラウマを抱えたHSCに対しては、これ以上傷を深めず、傷の回復が優先されるべきだと思います。
繰り返しますが、感情を抑圧せざるを得なかった環境から離れ、安心して自分の感情を感じ、自由に表現できるような安心・安全な環境に身を置いた時、脳(心)は回復の動きを始めるのです。
その意味で、安心・安全な環境に身を置くということがとても重要なのです。
生命(いのち)を生かすために必要な知識が得られると、見える世界が変わり、広がっていくことがあります。
そうすることで、概念になかった生き方という、新しい道が、多様に存在することに気づくかもしれません。
ですから私たちは、HSCという概念とその特徴や特性を知ったからこそ、トラウマを抱えたHSCに対して、学校以外の選択肢の中でHSCの気質・特性を活かす道や、学校以外の環境や家庭環境で生きる喜びを、時間をかけてその子と共に探していくことの重要性が感じられていくのではないかと考えています。
参考文献
『ちゃんと泣ける子に育てよう…親には子どもの感情を育てる義務がある』大河原 美以/著(河出書房新社)2006
『ひといちばい敏感な子』エレイン・N・アーロン/著(1万年堂出版)2015
【多数派の定型発達の人たちの中で生きる少数派のHSC・HSP】 定型発達症候群とは?

「定型発達症候群」という言葉をご存知でしょうか?
「定型発達症候群」でネット検索すると、
検索結果のトップに、
『定型発達症候群って何?|発達障害プロジェクト - NHKオンライン』が出てくると思います。
そこを開くと、
NHKの複数の番組で結成された発達障害プロジェクト公式サイトがあり、全人口の大半がおちいる症候群 !?『定型発達症候群って何?』というタイトルで動画が見られるようになっています。(*このプロジェクトは、2017年5月16日にスタートしたもので、1年がかりで番組横断し、発達障害の多様な姿を伝えるというもの)
NHKの有働由美子アナウンサーによって語られています。(※この記事の公開日:2018年4月1日)
その内容は、
以下のチェック項目に一つでも当てはまったら、人間関係に深刻な問題を引き起こしかねない、「定型発達症候群」の可能性があるというものです。
□ 暇な時はなるべく誰かと一緒に過ごしたい
□ 集団の和を乱す人を許せない
□ 社会の慣習にはまず従うべきだ
□ はっきりと本音を言うことが苦手
□ 必要なら平気でウソをつける
実はこれは、NHKが制作した“架空のニュース動画”なのだそうで、
NHKが2017年5月から1年をかけて展開する、「発達障害プロジェクト」のページ上で公開されています。
そもそも「定型発達症候群」という言葉は、医学上認められた病名でも診断名でもなく、障害を意味するものでもないのだそうです。
では、NHKさんは、なぜそこまでしてこの動画を公開しようとされたのでしょうか?
今回は、そこのところを掘り下げて考えたものを、
『HSC子育てラボ』のサイトに投稿しましたので、続きはこちらをご覧下さい。
↓
【多数派の定型発達の人たちの中で生きる少数派のHSC・HSP】 定型発達症候群とは? | HSC子育てラボ
【HSC・HSPと社会性】気質に合った生き方の選択と構築

2018-03-04 の記事、
【HSC】『子どもの気質に合わせた子育て』を阻むものとは?
の中で
「人並みにしておかないといけない」
「ほかの人(子)に遅れをとってはいけない」
「人に負けてはいけない」
「社会から落ちこぼれてはいけない」
「人から嫌われないように」
「世間様に後ろ指を指されないように」
「世間に出て恥をかかないよう」
「早く社会に適応しなくては (早く社会に適応させなくては)」
多くの親御さんを縛るこのような考えが、
HSCである子どもさんの気質に合わせた子育てや、子どもさんの気質を花開かせるための人生の選択に、立ちはだかる大きな壁のひとつとなっている、ということをお伝えしました。
その影響として大きいと考えられるのが、「社会性」です。
「社会性」は、すべての人に求められているように感じられますが、すべてのタイプに当てはめさせることは不適切で、ことHSC・HSP気質を生まれ持った人たちの中には、特に「社会性」が求められる環境を避けた方が良いタイプの子・人がいるのです。
まずは、この「社会性」について掘り下げてみたいと思います。
- 「社会性」とは
- HSC・HSPが大切に思うコミュニケーションとは
- 主体性
- 「義務教育」は、子どもが学校に行く義務ではない
- HSCに多い、気質の特徴
- 「視覚空間型」は学校では特性を活かせない
- どうして学校に行かないといけないのか
- HSCと不登校
- 生きる価値を家庭の中で
- 決める権利は、ほかの誰でもなく「自分(その子)」にある
- 家庭で収入を得ながら生きる価値を高められる生き方の構築
- さいごに
「社会性」とは
まず、 「社会性」とは一体なんでしょう?
辞書には、このように記載されています。
①集団をつくり他人と関わって生活しようとする、人間の本能的性質・傾向。社交性。
②社会生活を重要視する傾向。
社会は多数派の人の在り方を基準に作られています。
そして、外向型を理想とする人たちのほうが多数で、私たちはその外向型の人間を理想とする価値観の中で当たり前のように生活しているのです。
多くの学校も、多数派の占める外向型の子どもたち向けにつくられていると言えます。
ですから、辞書の中の「集団をつくり他人と関わって生活しようとする、人間の本能的性質・傾向。社交性」とは、多数派の占める外向型を基準にしたものと捉えられます。
では、全体の15~20%に該当すると言われているHSC・HSPとは、どのような子ども・人たちなのでしょう。
HSC・HSPが大切に思うコミュニケーションとは
HSC・HSPを提唱したエレイン・N・アーロン博士によれば、HSC・HSPの7割は内向的なのだそうです。
内向的な人というのは、刺激の強すぎない環境を好む性質であり、内面の世界に意識が向いていて、自分の感じ方を大切にする人で、個人的には、その多くがご自身の家庭に幸せ感や価値を求めているものがあるように感じています。
中でもかなりの割合のHSC・HSPから感じられることは、HSC・HSPのコミュニケーションが、社会が求める外向的社交的なコミュニケーションとは性質が異なり、安心できる特定の人との関係において、共感や共有を重視するといったより深い親密性や心の交流を求めていくというものであるというところ。
その関係に上下が無く対等性が保たれていれば、自然とニーズを伝えたり、交渉したりする力も養われていくというものです。
つまりそれは、家庭に『安心の基地』を強く求めているということです。
主体性
そしてHSC・HSPの気質は、そのような信頼できる人たちの中で、自分のペースで「自発的」に「主体性」をもって自分らしく生きることに生きがいを感じる子や人たちであるというところで、
それは他人からコントロールされたり、やらされたり、押しつけられたりするなど、その子・人の独自性が阻まれることを強烈に嫌がるほどの「強い個性」だということです。
それは別の視点から見ると、天から与えられた資質(天賦)を完全な姿へと発展させようとする力が強いということでもあるのです。
一般に「主体性」とは、自分の意志・判断によって行動しようとする態度や性質のことを表します。
ただし、HSC・HSPがその「主体性」を発揮するには、「ありのまま感じ、ありのままに表現していくということが妨げられない」環境や条件が必要になります。
というのは、良心的で共感性が高く、自分と他人との間の境界が薄いことが多いHSC・HSPは、感情を閉じ込めやすかったり、刺激や苦痛、周囲の人の影響を受けやすかったりするためです。
この条件が保証されて自分らしく生きることができるからです。
ですから、上下関係のある社会や組織の中では、それを実現することはなかなか難しいと言えます。
そういう意味で、「HSC・HSPの、自分らしく生きようとする方向性」と「社会性」は相容れないのです。
「義務教育」は、子どもが学校に行く義務ではない
また、「社会性」の中で、直接的にわれわれに影響力を示すものとして、「義務教育」という言葉が存在します。
「義務教育」という言葉からは、「子どもが学校に行く義務」というふうに解釈してしまいそうになりがちですが、「義務教育」の『義務』とは、子どもが学校に行かなければならない義務ではないのです。
その点について詳しく記載された文献がありましたので、ご紹介したいと思います。
フリースクールの代表格である東京シューレさんの著書『子どもは家庭でじゅうぶん育つ』(東京シューレ出版)の中に、弁護士さんの解説で、次のように記載されていました。
義務教育の「義務」は、子どもの学ぶ権利を保障するおとなの側の義務の意味であって、子どもが学校に行く義務ではありません。親の就学義務も、子どもの学ぶ権利を親として援助する義務であり、登校を強制することが子どもの心を傷つけるような場合に、むりやり学校へ行かせる義務ではありません。(p47)
子どもの学ぶ権利は、学ぶ場と学ぶ方法を選択する自由を含んでいます。子どもにとって何が最善であるかを、親が子どもとともに考えて、選択すべきです。(p51)
(『子どもは家庭でじゅうぶん育つ』より引用)
実際には記述のように、「義務教育の義務とは、子どもの学ぶ権利を保障するおとなの側の義務の意味であって、子どもが学校に行く義務ではなく、親の就学義務も、子どもの学ぶ権利を親として援助する義務であり、登校を強制することが子どもの心を傷つけるような場合に、むりやり学校へ行かせる義務ではない」ということなのです。
中でも今回、特に強調しておきたいところは、HSCにとって、かなりの割合で「登校を強制することが子どもの心を傷つけるような場合」に当てはまっていくのではないか、というところです。
その理由について考えてみたいと思います。
それは、HSCに多い、次のような気質の特徴にあります。
HSCに多い、気質の特徴
- 集団に合わせることよりも、自分のペースで思索・行動することを好みます。
- 観察されたり、評価されたり、急かされたり、競争させられたりすることを嫌う傾向にあります。
- 外向性を重要視する学校や社会の中で、求められることを苦手に感じることが多く、人と比較したり、うまくいかなかったりした場合に自信を失いがちです。
- 人の集まる場所や騒がしいところが苦手です。誰かの大声や、誰かが怒鳴る声を耳にしたり、誰かが叱られているシーンを目にしたりするだけでつらいと言います。
- 1対1で話をするのを好みます。大勢の前でスピーチをすることや、大勢の人と会話をすることが苦手な傾向にあります。
- 親友がクラスの中に1人でもいると安心ですが、クラス替えで親友と離れなければならなくなったりすると、憂うつになってしまいます。
- 物事を始めたり、人の輪に加わったりするなど、行動を起こすのにも時間がかかります。
これは目の前の状況をじっくりと観察し、情報を深く処理(大丈夫かどうか確認)してから行動するためです。 - 刺激を受けすぎて、それに圧倒されると、落ち着きがなくなったり、話を聞けなくなったり、物事がうまくできなかったりします。恥ずかしさや刺激が多すぎて不安を感じる状況や環境では、冷静さや自制心を失って、その子が持っている本来の良さや力が発揮できなくなるのです。
- 想定外のことや突発的な出来事に対してパニックになってしまうことがあります。
- 自分と他人との間を隔てる「境界」が薄いことが多く、他人のネガティブな気持ちや感情の影響を受けやすい傾向にあります。
- 安心できていない人に、急に話しかけられたり、頭をなでられたり、顔や体を触られたり、抱きつかれたりすることを嫌がります。
- 嫌だと思っても、なかなか「No」が言えません。支配的な人や、あなたのためになると言って受け入れさせるような関わり方をしてくる人には特に、です。
- 先生がどのような人かの影響は大きいです。相性が良くない場合は、地獄だと言います。
- 子ども扱いにする人や権威を示す人、権力をふりかざす人が極端に苦手です。
- 自分の気質に合わないことに対して、ストレス反応(様々な形での行動や症状としての反応…HSCの場合「落ち着きがなくなる」「固まる」「泣きやすい」「駄々をこねる」「言葉遣いや態度が乱暴になる」「すぐにカッとなる」「ものに当たる」「引きこもる」、「発熱」「頭痛」「吐き気」「腹痛」「じんましん」など)が出やすい傾向にあります。
- 細かいことに気がついたり、些細な刺激にも敏感に反応したり、過剰に刺激や情報を受け止めたりするため、学校や職場での環境や人間関係から強い「ストレス」を感じてしまい、不適応を起こしやすい、 また、人の些細な言葉や態度に傷つきやすく、小さな出来事でも「トラウマ」となりやすいところがあります。
それらの気質への認識がHSCに関わる大人の人たちに共有され、慣れるまでのそれぞれに合ったやり方やペースが尊重されると安心ですが、
そうでない場合、
『どうして自分にはできないのだろう』、『どうして自分はほかの子と違うのだろう』
という思いが強まって、「自己否定感」や「劣等感」を抱えやすく、
さらには「トラウマ(心の傷)」まで抱えてしまうことがあります。
その「トラウマ」なのですが、
HSCの子どもさんたちの多くから、幼い頃に人手に預けられたことや、園や習い事に通わなければならなかったことなど、子どもさんの気持ちや意志とは関係なしに、母親から引き離されたという体験が「トラウマ」となって、それを引きずっているように感じられることがあります。
母子の分離不安が高まっている時期に、無理やり母親から引き離されるという体験をすると、それがトラウマとなって心に傷が残りやすく(「見捨てられ不安」が強まりやすく)、些細な変化や新しい人・場面などに対して警戒心が強く過剰に敏感であったり、多動で衝動的であったり、後追いなどの母親にしがみつこうとする行動をとったり、母親を困らせることをしたり(拒否したり、抵抗したり、怒りをぶつけたり)するなど、不安定な愛着パターンを示しやすくなるのです。
(もちろん、愛着関係における傷は回復可能で、子どもさんの愛着の傷を癒すには、安心感に包まれることです。
子どもさんが必要とされる限り、お母さんができるだけ子どもさんのそばにいてあげて、子どもさんの気持ちや要求・欲求に応えてあげようとするなど(これは決して甘やかしではないのです)、お母さんの安定した愛着に恵まれるようになれば、心の傷は癒され、情緒的に落ち着いていくということです。詳しくは2018-02-23の記事、『【保育園・託児所・親以外の人】に預けて大丈夫じゃない子とは?』をご参照下さい )
敏感な時期は、5歳頃までと言われていますが、HSCの場合はケースバイケースでその時の状況やその子の状態によって慎重に見極めていく必要があるのではないかと思われます。
この時の愛着の傷は、何もなされずに放置されたままだと、子どもの時だけではなく、大人になってからも「不安定な愛着スタイル」として引きずっていることが多く、夫婦関係や子育てなど、自身の人生において暗い影を落とすことにもなりかねません。
「視覚空間型」は学校では特性を活かせない
また、そのほかの理由として、
2018-03-10の『HSCにとっての学校教育(情報処理という特性の視点から)』という記事の中でお伝えしていますが、
HSCである子どもさんたちと関わった中で感じられることは、「視覚空間型」という情報処理の特性を持った子どもさんが結構な割合で存在するということです。
その「視覚空間型」という特性を持った子どもさんにとって、現行の教育制度が、彼らの特性を活かせず、自己否定感や劣等感ばかりを強めてしまいやすいものとなっているということも挙げられます。
(詳しくは2018-03-10の記事、『HSCにとっての学校教育(情報処理という特性の視点から)』をご参照下さい )
このように、HSCの気質と学校という環境とが、あまりにも相容れないことが多すぎるのです。
どうして学校に行かないといけないのか
では、どうして子どもを学校に行かせるのでしょうか?
「早く社会性や適応能力を身につけさせたい」、
「まわりの子と比較して遅れをとりたくない」、
「家の事情や仕事の関係上預かってもらえると助かる」など、
動機はいくつかあると思います。
「どうして学校に行かないといけないの?」と、子どもさんから問われたら、どのようにお答えになられるでしょうか?
「世の中を渡っていく上で恥かしくないように」とか、
「将来のために社会性を身につけておくことが大事」だとか、
「社会の中に入っていくための基本的な知識を身につけることが必要」、
「集団に馴染めるように」
「社会に適応し、誰からも認められる人間になることは、人として“あるべき姿”」
などの理由に、
「だから、学校に行くことは必要なこと。当たり前のこと。学校に行くのは“あなたのため”、“将来のため”」だと。
一般には、このように考えることが多いのではないでしょうか。
しかし、すべての子に当てはめないほうが良いと考えるのが賢明でしょう。
HSCと不登校
私は、HSCという概念を知って、「不登校」という言葉の存在自体に疑問を感じるようになりました。
なぜなら、前述したようなHSC気質・特性を持った子が、学校環境や現行の教育システムに対して不適応を起こしても何ら不思議ではないからです。
現在も至るところで、学校に戻すことを前提としたカウンセリングやサポートが主流に行われていると思われます。
それは、子どもさんの不登校や行き渋りなどといった問題に直面した時、多くの親御さんは、担任の先生や世間の目、そして子どもさんの勉強や社会性の遅れといった将来のこと、などが気になり、「どうして学校へ行きたくないのか」よりも、「どうしたら学校へ行ってくれるか」の方に意識が向けられるためです。
また、「ほかの子に遅れをとるのではないか」「先生に迷惑をかけてはいけない」「しつけができていないなど、世間の目が気になる」などから親御さんが追い詰められて、子どもさんの気持ちや感情を受け止めきれず、何とか学校に行かせなくてはと、子どもさんに圧力や恐怖を与えてしまうことで、子どもさんに「トラウマ」を負わせてしまうことになりかねません。
実際に、ご自身の親や親族、世間の目や意見には、厳しいものもあり、「学校へ行かせることが当たり前、学校へ行かせることは子どものため」「行かないのはわがままだ、甘えだ」、などの価値観や正論の押しつけによって、親御さんや子どもさんが罪悪感や劣等感にさいなまれて追い込まれているケースが非常に多いのです。
しかしHSCにとって、「学校に行けないこと」「学校に行きたくないこと」は、気質に合わないことによる拒否反応であったり、本来の気質・特性が活かされず、やらされることが多く自分のペースで「自発的」に「主体性」をもって自分らしく生きることができなくなった結果であるということ。
特に後者の場合は、「社会性」や「その子にとっての過剰な適応能力」を求められた結果、期待に応えようと「頑張ってきたことに対する息切れ」や「集団のペースに合わせて生きることへの限界」を意味しているものではないでしょうか。
以前HSCの子が、『学校に行くと、心が死ぬ』と言っていたのが、印象的でした。
このブログ、『あの日のボクへ』の中で、すでに私の生い立ちについてはお伝えしていることですが、
私も中3の時、学校に行けなくなった経験がありますので、その気持ちがよくわかるのです。気質と合わないから心がくたびれてくるのですね。
自分が存在する意味や生きている価値が無くなるわけですから、「なぜボクは、この世に生まれてきたのだろう」と何度も何度も自問自答するのです。
それは、HSCを「社会の常識の枠」に当てはめさせようとするから、「主体性」が押し潰されて、心が死んだようになってしまうのではないでしょうか。
ですから私は、
子どもにとっての「学ぶ場」とは、「自由意思による選択」と「主体性」が保障された環境であって、
子どもにとっての「学習」とは、そのような環境で、その子の好奇心に基づいて、「自発的」「主体的」に取り組まれ、その子の自立心・独立心が養われていくものであってほしいと考えるのです。
そして、HSCという概念を知ったからこそ、学校以外の選択肢を準備しておくことと、HSCの気質・特性を活かす道を時間をかけて子どもと共に探していくことがとても大切だと思っています。
生きる価値を家庭の中で
また私は、精神科医という仕事上、学校や職場に行けなくなった方々や引きこもりの状態の方々に関わってきました。
その方々の特徴を振り返ってみると、結構な割合で、HSC・HSPであったように思われるのです。
そこで、どうしても気になってしまうところがあるのです。
それは、
その方々が、外(社会)ではなく、家の中にこだわっているように見えてしまうというところです。
その方々は、家庭の中で生きる価値を見つけようとしているのではないかと感じられるのです。
これは、“すべての”というのではありませんが、結構な割合のHSC・HSPが、「社会性」を示すような、集団をつくり他人と関わって生活しようとする本能的性質・傾向を持つ人間ではなく、
安心できる特定の人(家族)との関係において、共感や共有を重視するといったより深い親密性や温かい心の交流を求め、その関係性の中から存在意義を見出そうとする、本能的性質・傾向を持つ人間だからなのではないかと強く思うのです。
そのように考えると、不登校の子どもさんに対して、学校に戻すことを前提としたカウンセリングやサポートが主流に行われているのと同様に、医療においても、気質的に「社会性」を求めていない人に対して、社会に戻す(社会に適応していく)という考えが果たして正しいことなのか、
“うつ”を繰り返したり、“社会恐怖(社会不安障害)”という疾患が存在したりするのは、「子ども時代に受けたトラウマの影響」や「対人関係において無意識的な関わり方のもととなっている親や身内との関係性の影響」、そして「本人のものの考え方(信条)の影響」というのもありますが、気質が外向性を重要視する社会に合っていないことの影響も大きくないか、・・・・・。
中には現行の医療、例えば、症状を薬で抑える薬物療法を嫌がったり、思考で認知を変えることを目的とした認知行動療法などでは満足できない人が存在します。
「自分とは何か」「何のために生まれてきたのか」を問い続けているような方々です。
それは、気質が求めていない環境から、離れるという選択肢がない中で、自分を誤魔化したり、言い聞かせたり、自分の感情や考え方をコントロールしようとすることに、心が納得していないからなのではないか、と感じられてくるのです。
決める権利は、ほかの誰でもなく「自分(その子)」にある
多数派向けの外向的な「社会性」が求められる社会の中で、HSC・HSPという生まれ持った自分の気質を理解して、自分らしくラクに生きられる方法を身につけられるのではないか?
これはよくある問いです。
この問いに深く向き合った時、多くのHSC・HSPにとって欠かせないと言える「ありのまま感じ、ありのままに表現する」という意味の「主体性」が集団生活を行う社会の中で果たして受け入れられるのか? という問題が浮かびます。
自分をよく知って、適応する術(すべ)を身につけて社会に身を置くことを選ぶか、
それとも、自分(その子)が本当に必要とする環境に身を置くことを選ぶか、
その選択は、自分以外の人がすることではない。
本来、本人以外の人がすることではないその選択を、自分以外の人から、“あなたのために”という名目で、押しつけられた時、
本質を見極めるHSC・HSPは、たとえ言語化できていなくても、どこかでそれに気づき、違和感を抱えるのかもしれません。
家庭で収入を得ながら生きる価値を高められる生き方の構築
ですから私は、子どもの頃HSCで現在HSPである自分や、仕事で関わってきたHSC・HSPと思われる方々が、トラウマや生きづらさで苦しんできたこと、回復がとても大変なことを知っているからこそ、集団生活(社会性)に不適応(拒絶)を起こしている子(人)は、家庭で収入を得ながら生きる価値を高められる方法を早いうちから構築していったほうが良いのではないか、と考えるのです。
以前は、「社会性」を身につけて組織の中で、安定した収入を得ることに価値がある時代だったわけですが、例えば、良い大学に進学することや、有名な企業や組織に就職することの価値が薄らいできています。
そのような企業や組織に頼ることなく、家庭で収入を得ることを可能にしたのが、ITです。
実際にIT技術の飛躍的な進歩によって、労働者の働き方が職場から家庭へとの変化を可能にしたのです。
かくいう私はITに精通していません。むしろ苦手ですが、今の自分が自分らしく生きて行くためには欠かせないものになっています。
その意味で私は、学校や会社にこだわるよりも、自分に合った学習の場・学習の方法を見つけ、インターネットを通じて安定した収入を得ることなどを目標に、ITの知識と技術を身につけることで、自分らしく生きるための土台を築くことの方がむしろ健康で建設的なのではないかと考えています。
ただしそれには、その価値が家族の中で共有され、かつ家庭が『安心の基地』になっているということが前提です。
つまり、子どもさんが安心して過ごすことができる環境が整っているということが大事なのです。
それは家族間に葛藤がなく、感じたこと思ったことを自由に表現することが許され、「自分は大丈夫」「何とかなる」と思うことができる安心感と、困った時は助けに応じてもらえる、味方になってもらえると信じることができる信頼感を備えた基地のことです。
さいごに
時代は変わり、家族の在り方や環境、子育ての仕方も、私の子どもの頃とはだいぶ違いが出てきています。それに伴って、前の時代の「当たり前」のことで、だんだん通用しなくなっているものが出てきている、ということも事実です。
「当たり前」を「当たり前」と思い続けて、それに合わせようとしたり、それを守ろうとしたりすることで、いち早く生きづらさを感じてしまうのも、敏感な気質を持った子どもさんなのです。
だからこそ、学ぶ場や学ぶ方法、働く場や働く方法に変革が必要です。
一部の人の中には、既存の考えに縛られずに、時代の流れをいち早く読み取り、「自分の足で歩き、自分で行き先を決める生き方」をすでに確立されているなど、先見の明に優れた方もいらっしゃるようです。
その意味で、子どもさんが自発的な意志やペースで、自身の身の丈(気質)に合った方法や環境を選択していくことが大切だと思われます。
そしてそのような環境を、親御さんが確信を持って提供できることこそが、子どもさんの個性や感受性(感性)を花開かせる土台だと考えています。
さいごまでお読みくださりありがとうございました。
参考文献
『子どもは家庭でじゅうぶん育つ 不登校、ホームエデュケーションと出会う』東京シューレ/著(東京シューレ出版)2006
『愛着障害 子ども時代を引きずる人々』岡田尊司/著 (光文社新書)2011
『発達障害と呼ばないで』岡田尊司/著(幻冬舎新書)2012
『ひといちばい敏感な子』エレイン・N・アーロン/著(1万年堂出版)2015
HSCにとっての学校教育(情報処理という特性の視点から)

- はじめに
- 敏感な遺伝子タイプを持った子ども
- 「非定型発達」とは
- 不安の強い遺伝子タイプとHSC
- 「非定型発達」の子どもの“特性”とHSC
- 「特性」と「教育システム」とのギャップが大きい「視覚空間型」
- 子どもが学校に行けなくなるというケース
- 子どもの特性に合った教育の選択を
- 『発達障害と呼ばないで』(幻冬舎新書)を読んで
- さいごに
はじめに
前回の記事では、「HSCにとっての学校」というタイトルで、HSC・HSP関連の書籍や情報をもとに、「HSCが生まれ持った気質特性」と「学校という環境」をテーマに、記述させていただきました。
HSC・HSPについての情報を収集している中で、精神科医である*岡田尊司先生の著書、『発達障害と呼ばないで』(幻冬舎新書)という本の中に出てくる「非定型発達」という言葉やその概念が気になり、HSC・HSPとの関連について考えてみたくなりました。
*岡田尊司氏…精神科医。医学博士。東京大学哲学科中退。京都大学医学部卒。同大学院医学研究科終了。(『発達障害と呼ばないで』岡田尊司著 / 幻冬舎新書 著者経歴より抜粋)
今日は、『発達障害と呼ばないで』(幻冬舎新書)の中から、「非定型発達」と「HSC」との関連に焦点を当てながら、「定型発達」とされる平均的な発達を基準とするタイプとは異なる「情報処理の特性」と「学校教育のシステム」における問題について触れていきたいと思います。
敏感な遺伝子タイプを持った子ども
この本の中で、「敏感な遺伝的体質(遺伝子タイプ)を持った子ども」という言葉が登場します。
その、敏感な遺伝子タイプのひとつが、好奇心が強く衝動的なタイプです。
このタイプは「新奇性探求」という言葉で呼ばれていますが、この遺伝子タイプを持つ子どもでは、「ADHD(注意欠陥/多動性障害)」になりやすいとも言われています。
そしてもうひとつの敏感な遺伝子タイプが、不安の強いタイプです。
このタイプは、ストレスや不安を感じやすく、うつになりやすく、
また幼い頃に保育所や人手に預けられることにあまり適応できず、
いずれのタイプも、不利な養育や環境のもとでは愛着や発達面で影響が出やすいと言われています。
注目すべきところは、不安の強いタイプがストレスや不安を感じやすく、うつになりやすいなど、HSC・HSPの特徴と酷似している、というところです。
大抵のHSCは常に多少の不安を抱えていて、時々は、短期間(2週間未満)うつ状態になることもある、と知っておくことです。
私は、 カウンセリング経験やHSPとしての自分自身のこれまでの経験、そして、HSCである8歳の息子やHSCの子どもさんを持つお母さん方との関わりを通して、HSC・HSPの特徴として確認されたことと、HSC・HSPに関する書籍や情報とを照らし合わせて確認できた共通点を、ブログ内で発信させていただいています。
2018-03-01 の記事
『HSCの気質に合わせた子育て』の中で、私は次のようなことを述べています。
HSCは、集団に合わせることよりも、自分のペースで行動することを好んだり、ほかの子は問題なくできることを躊躇したり、小さなことを気にしたりしがちですので、
親は「もっと強い子に育ってほしい」「早く社会に適応してほしい」という思いから、苦手なことを克服させなければならないと考えてしまったりするのです。そのため、
外向性を基準とする多数派の考え方・感じ方を強要してしまったり、
「あの子はできるのに、あなたはどうしてできないの?」
「そんな細かいこと気にしないの!」「クヨクヨ考えすぎ!」
「イライラさせないで!」「そんなことだと世の中渡っていけないよ!」などの言葉で、気づかないうちに、子どもの気質を否定してしまったり、心に傷を負わせてしまったりすることで、
「生きづらさ」や「自己否定感」を抱えた多くのHSCに影響が出ているというのが実際のようです。
様々な情報を照らし合わせて感じられることは、
HSC・HSPの、子どもさんや大人の方々の多くは、すでに多かれ少なかれ、幼い頃に自分の意志とは関係なしに、無理やり母親から引き離された時の体験が愛着関係における傷となってそれを引きずっているのではないか、そのほかにも何らかのトラウマ体験の後遺症を引きずっているのではないか、ということ。
そのために、今自分が感じている不安や苦しみなどが、生まれ持った気質の特性のみによるものなのか、それとも、愛着関係における傷やトラウマの後遺症によって、感じ方や刺激に対する反応、ストレス耐性や物事の受け止め方までに影響が出てしまっているのか、そのライン引き(区別)が非常に難しい、と言えるのです。
例えば、生きづらさがそうです。
生まれ持った気質が現在の環境に合っておらず、気質に合っていないために、なかなか慣れがこず、そのために生きづらく感じているのか、
だとすれば、その環境から離れ、自分に合った環境を選択していくことで、生きづらさの改善を見込めるのか、
それとも、
もともと傷つきやすい傾向にある、HSC・HSPが、心に傷(トラウマ)を抱えたことで、不安や警戒心が強くなって、さらに過剰に敏感(過敏)になったことでそれが対人関係にまで影響し、生きづらさが増しているのか、
また、早目にトラウマに対するケアを施す必要まであるのか、
といったところで、
その判断は一般には、なかなかつきにくいものです。
しかし、傷は深くなる前の、早目のケアは大切です。
中でももっとも重要だと考えているのが、予防です。
その点に関して、HSC・HSPを提唱したエレイン・N・アーロン博士は次のように言っています。
さまざまな調査で、不幸な子ども時代を送ったHSPは、同じく不幸な子ども時代を送った非HSPに比べ、落ち込み、不安、内向的になりやすい傾向がありました。でも、じゅうぶんによい子ども時代を送ったHSCは、非HSCと同様、いやそれ以上に幸せに生活しているのです。HSCはそうでない子よりも、よい子育てや指導から多くのものを得ることができるということです。
HSPは子ども時代の影響を大きく受けています。私が本書を書いた大きな理由はそこにあります。大人になってから過去の傷を癒やそうとするよりも、子ども時代に問題を防ぐほうがはるかに簡単です。
「非定型発達」とは
では、その「非定型発達」についてお話したいと思います。
子どもの発達は、みんなが一律ではなく、「定型発達」とされる平均的な発達を基準とするタイプに対して、それとは異なる発達の仕方や特性を示す遺伝子タイプをもった子どもが1~2割程度存在すると言われ、それらのタイプのことを「非定型発達」という言葉で呼ばれています。
そして、次のようなことを言われています。
新奇性探求(新しいものに対する好奇心が強い傾向)の高い遺伝子タイプの子どもでは、発達障害の一つである「ADHD」になりやすい。
しかし、遺伝子タイプによって遺伝的リスクをもっていたとしても、その特性自体は、決して「障害」ではなく、そこに不利な養育要因や他の環境要因が加わって初めて「障害」となるのである。
つまり、養育や環境次第で、その特性は生かされも殺されもする。
「発達障害」とは呼ばず、「非定型発達」として捉えることを提起する所以である、と。
また、定型的な多数派の子どもにできることを基準にそれと比較して、「非定型発達」の子どもの、発達の遅れた面だとか、デメリットな面にばかりに注目すれば、「発達障害」と診断されてしまう子どもがどんどん増えることになるだろうが、それを一つの“特性”とみなして、もっとポジティブな意識をもって働きかけを行い、優れた面に目を向ければ、それは“強み”や“才能”ということにもなる、というようなことについても説かれています。
岡田尊司先生は、著書『母という病』(ポプラ新書)の中で、次のように述べています。
不安の強い遺伝子タイプや新奇性探求(新しいものに対する好奇心が強い傾向)の高い遺伝子タイプの子どもでは、概して育てにくく、愛着が不安定になるリスクが、そうでない子より高まる。
とはいえ、母親が安定していて、思いやりのあるかかわりを行うことができた場合には、こうした遺伝子タイプをもっていても、リスクの上昇がみられないどころか逆に親との関係が良い傾向がみられる。敏感なタイプの子どもほど、親の養育の影響を、良い方向にも悪い方向にも強めてしまうのだ。
(『母という病』岡田尊司著 / ポプラ新書 P92⦅ページ数は単行本⦆より引用)
HSCにおいても、これに当てはまるようなところはないか探してみました。以下は、アーロン博士の著書、『ひといちばい敏感な子』からの引用です。
HSCは周囲から、反応が強いとか、身体面でのストレスを受けやすい、内気、引っ込み思案、あるいは、抑うつや不安症に関する遺伝子を持っていると評価されることが多いのですが、これらのいずれの面も、例えば良質の子育てを受けるなど、よい環境に置かれた場合には、他の子よりもプラスに作用します。
不安の強い遺伝子タイプとHSC
『発達障害と呼ばないで』(幻冬舎新書)という本の中には、不安の強い遺伝子タイプのことは書かれていますが、HSCやHSPのことは明記されていません。
しかし、ストレスや不安を感じやすく、うつになりやすいという意味での遺伝的リスクを持っていたとしても、良い養育を施せば、 ネガティブな面は何ら目立たなくなり、その子のポジティブな面が発揮されていくという点で、不安の強い遺伝子タイプとHSCは、互いに一致していると言えます。
「非定型発達」の子どもの“特性”とHSC
人に関する情報処理が、物に関する情報処理よりも優れている「定型発達」に対して、「非定型発達」では、些細な表情から感情を読み取ることや相手の発言の微妙なトーンから言外のニュアンスを感じ取るといった社会的情報処理が概して苦手であるため、コミュニケーションがうまくいかないということも起きるが、別の面での情報処理に長けているということが述べられています。
この点については、「非定型発達」の特性とは多少の違いが見られます。
HSCの場合は一般に、些細な刺激や情報でも察知して深く処理する、人の気持ちを読み取るなど、むしろ共感力が高く、過剰な刺激を受けている時以外や安心できる人や空間では、コミュニケーションを望むと言われています。
私が感じる、HSC特有のコミュニケーションの本質とは、一般的に言う、多数派の人の在り方を基準に作られた、社会の外向的社交的なコミュニケーションとは性質が異なり、安心できる特定の人との関係において、共感や共有を重視するといったより深い親密性や心の交流を求めていくもののようです。
しかしHSCは、家以外の自分のペースが保証されないような(集団に合わせることが前提となった社会性が求められる)環境や、刺激の多い環境に置かれると、圧倒されて、人の気持ちや場の空気を読み取る力・感じ取る力が発揮されないなど、社会的な情報処理に苦慮していたり、コミュニケーション下手になったりします。
日本では、すでに幼児期から多数派を基準とした社会性や社交的なコミュニケーションが求められているがゆえに、多くの時間を過ごさなければならない外の環境は、HSCにとって、独自のコミュニケーション力を十分に発揮できないのかもしれません。
その意味で、目の前の環境に適応していく中で、別の面での処理能力が長けるようになったとしても不思議ではないかと思われるのです。
情報処理の仕方は、 主に3つのタイプに分けられると言います。
(以下は、『発達障害と呼ばないで』岡田尊司/著(幻冬舎新書)の内容の概略に見出しを加えたものです。引用部分には『発達障害と呼ばないで』のページ数を記しています)
1.「視覚空間型」
映像や動きにかかわる情報を、瞬時に、直感的に処理する能力が高い。
このタイプの子は、迅速で直感的な反応を必要とする運動やモノづくりが得意である。
「視覚空間型」は、簡単に言えば、手や足を実際に動かして学ぶのが得意なタイプである。本を読んで、本から学ぶといったことは苦手である。書かれた文字や文章を読んでもイメージが湧きにくい。抽象的なことほど、その傾向が強く、数学的な記号のようなものに対しては、ちんぷんかんぷんなだけでなく、生理的に受けつけないという場合もある。読字障害や算数障害などの学習障害を伴っている場合もある。
しかし、決して知能や能力が低いのではない。
勉強は苦手でも、職人や技術者、芸術家やスポーツ選手として活躍することも多い。
独創的なアイデアや表現といったクリエイティブ(創造的)な領域においてだけでなく、人間を理解したり、物事の本質を見抜いたり、困難を突破するための方法や戦略を思いついたりといったことにも、新しい着眼やインスピレーションをもたらす能力をもっていたりする。
2.「視覚言語型」
文字言語や数字記号、抽象的な概念を処理する能力に優れている。
会話のやり取りは苦手でも、難解な言葉を用いた文章を読んだり書いたりするのは得意である。
他の子と遊んだり身体を動かすことよりも、頭の中で考えることを好む。
自分で本を読んで独学したほうが能率よく身につく傾向がみられる。
学者や研究者、専門技能をもつテクノクラートには、このタイプが多い。
3.「聴覚言語型」
社会的な能力の発達の良いタイプは、聞き取りや会話言語の処理に優れている。
勉強する場合に、自分で本を読むよりも講義や人の説明を聞いたほうが頭に入りやすい。
講義形式の授業は、「聴覚言語型」の子を基準にしたものであり、それ以外のタイプの子にとっては、先生の説明を聞く学習方法は、時間と労力をかなり無駄にする。
それでも、ペーパーテストが中心の教育は、「視覚言語型」の子どもにとって有利な面もあり、このタイプの子は授業を聞くのはあまり熱心でないが、成績は良く、本から得た知識が豊富ということが多い。
(『発達障害と呼ばないで』岡田尊司著 / 幻冬舎新書 P178-180,191,199より引用)
「特性」と「教育システム」とのギャップが大きい「視覚空間型」
一番、割をくっているのは、「視覚空間型」の子どもである。
このタイプの子どもにとって、現行の教育制度は、彼らの特性を活かせず、劣等感ばかりを強めてしまいやすいものとなっている。
(『発達障害と呼ばないで』岡田尊司著 / 幻冬舎新書 P180より引用)
「視覚空間型」の子どもでは、体を動かすような強い刺激がないと、注意力が鈍ってしまいがちであり、単調に話を聞いたり活字を目で追っていると、段々覚醒度が落ちてきて、注意力が低下するどころか眠くなってしまう。
(『発達障害と呼ばないで』岡田尊司著 / 幻冬舎新書 P204より引用)
しかし、このタイプは、現場で実際に身体を動かし、人と接する中で情報を集め、問題に対処しなければならないというとき、とても役に立つ存在になる。
行動力があり、具体的な出来事のどこに問題があるのかを、直感的に把握する能力をもっている。
実践的な賢さや処理能力という点では優れていることが多い。
(『発達障害と呼ばないで』岡田尊司著 / 幻冬舎新書 P206-207より引用)
このタイプの大きな特性は、勉強は嫌いで苦手だが、身体や手先を動かして働くのは好きということだ。
(『発達障害と呼ばないで』岡田尊司著 / 幻冬舎新書 P208より引用)
現代の教育は、5教科優先で実技科目の評価が低い。そうした教育の偏りも、このタイプの子どもたちには不利に働いている。
(『発達障害と呼ばないで』岡田尊司著 / 幻冬舎新書 P207より引用)
2,3割の子どもが「視覚空間型」の特性をもっていることを考慮するならば、本来は公立教育でも、このタイプの特性をもつ子どもが無用な劣等感や自己否定を抱えるのを手助けするのではなく、もっている強みを伸ばし、生きていくための技能を身につけられるように応援すべきであるように思える。
(『発達障害と呼ばないで』岡田尊司著 / 幻冬舎新書 P204より引用)
子どもが学校に行けなくなるというケース
子どもが高校を休みがちになり、中退してしまうというケースが少なくない。
ただ、その場合も、学校に行けなくなることをネガティブに考えない方がよい。
その子には学校での教育が合わないのだ。
進学校の詰め込み教育に嫌気がさしているのかもしれないし、授業についていけなくなっているのかもしれない。
勉強や学校という仕組み自体が体質に合わないのかもしれない。
「視覚空間型」の子どもには、そうしたことがよくあることだ。
(『発達障害と呼ばないで』岡田尊司著 / 幻冬舎新書 P215より引用)
不安や対人緊張の強さから集団場面が苦手になり、学校に行けなくなっている場合もある。
しかし、普段の外出やバイトならば意外と平気だということもある。
高校、大学の頃というのは、同年代の存在に対して、とりわけ敏感になりやすく、また、学校や教室といった場に特別な緊張を感じてしまうということがある。
当てられて答えられないといった失敗がきっかけとなっていることもある。
強がっていても案外傷ついていたりする。
いったん自信がなくなると、失敗したことは避けたくなるのが人情である。
それを乗り越えられる子もいるが、ある種、恐怖症のようになってしまうと、行かなければと思うほど、体が動かなくなってしまう。
そういう場合は、学校という枠組みにこだわらないことである。
元気盛りの子どもが、そもそも箱のような部屋に集められて勉強するということの方が、不自然なのだと思えばいい。
体がそれに反発しているのだ。
できないことにこだわるよりも、やりたいことやできることを、どんどんやっていった方が道が開ける。
(『発達障害と呼ばないで』岡田尊司著 / 幻冬舎新書 P216より引用)
子どもの特性に合った教育の選択を
しかし、現実の公立教育は、先にも触れたとおり、高等文官試験以来の伝統を受け継ぐ、5教科主義で講義暗記型教育の名残が強く、官僚育成のための教育が、エリート教育とは無関係な子どもにまで強要されているのが現状だ。
一生使うこともなければ、何の役に立つこともないことを学ばされ、しかも、その出来不出来を偏差値で分類され、平均以下とされた子どもたちは、“劣等生”との烙印を押され、嫌というほど自分は愚か者だという“洗脳”を施され大きくなる。
こんな馬鹿げた教育があるだろうか。
では、そこで優秀な成績を挙げられた子どもは安泰かと言えば、そうでもない。
彼らは学業で自己否定を刻み込まれることはなく、恵まれた学校時代を過ごすことができるかもしれないが、社会に出てみれば、学校で身につけた知識や能力が大して役に立たないという点では同じことだ。
実践的な能力や社会的な能力を養うという点においては、5教科主義や講義暗記型の教育はむしろ有害である。そうした能力を伸ばすどころか損なってしまう。
役人の世界だけで通用するような公文書作成の技術を身につけたところで、それはビジネスの世界でも技術の世界でも人に奉仕する世界でも大して役に立たず、実質よりも形式ばかりを整えるというくだらない体質を身につけてしまう。
(『発達障害と呼ばないで』岡田尊司著 / 幻冬舎新書 P217より引用)
誰もかれもが高校や大学に進むようになったとき、適正とは異なる教育を受け、能力を活かすどころか無駄にしてしまう人が増えたと言えるだろう。
必要なのは、それぞれの子どもの特性に応じた教育であり、「視覚空間型」の子どもには、そうした特性を伸ばせる教育の中身と方法が求められているのである。
(『発達障害と呼ばないで』岡田尊司著 / 幻冬舎新書 P218より引用)
『発達障害と呼ばないで』(幻冬舎新書)を読んで
あくまでも私の直感ではありますが、敏感な遺伝的体質を持った子どもさんは、「視覚空間型」と「視覚言語型」が多いように思います。
ちなみに、私は 基本的に「視覚空間型」で、息子もそれを受け継いでいるようです。
しかし、『発達障害と呼ばないで』を読み始めた当初は、私は「視覚言語型」なのだなぁと思っていました。
このブログ、『あの日のボクへ』の中で、すでに私の生い立ちについてはお伝えしていることですが、
私は、幼い頃から医者になることが当たり前という、人生の選択を極端に限定される家庭の中で育ってきたため、生まれ持った独自の気質が発揮されず、自分が自分らしく健全な発育・成長を遂げることができていませんでした。
中でも大学時代は、良い成績を取ることで親から承認されたいがために、「視覚空間型」の情報処理ではなく、あまり得意ではない「視覚言語型」の処理能力を必死になって身につけながら適応してきたものと思われます。
必死になって身につけていた「視覚言語型」の処理能力は、まさに生き延びるための「サバイバルスキル」だったわけです。
このように考えると、意外と私のような方が多いのではないでしょうか。
「視覚空間型」のことは、8歳の息子にもわかりやすく説明したら、直感的にピンときたようで、自分はどういうことをするとワクワクするのかを、具体的にたくさん教えてくれました。
私たち家族は、お互いの気質を十分に理解し、それぞれに合った生き方の選択を尊重していくことが大切なのだとする認識を共有しています。
だからこそ、息子も私たち親も、息子が小中学校へ登校するという選択は、今の所まったく頭の中にありません。
そして私たちのその選択は、不登校ではなく、 主体的に学校を選ばないという自発的な意志に基づくものなのです。
その理由の一つとして、息子の情報処理の特性が学校教育システムと合わないということがありますが、それ以上に、息子の気質が学校環境に合わないことが体験的に認識されたことの方が大きいと思います。
(学校を選ばないという選択をするまでの経緯についての詳細は、こちら ↓ をご覧ください)
さいごに
私は子ども(人間)に宿っている“生命(いのち)”は、それぞれ独自の個性を持った“生命(いのち)”だと考えています。
その、“生命(いのち)”に備わった発達のペースや成長過程のリズムも、それぞれ独自のものがあります。
そして子どもには、生まれ持った独自の気質が存在しています。
その、生まれ持った独自の気質が、その子の個性として花開くかどうかは、その子に与えられた環境の影響が特に大きいと考えます。
その子の生まれ持った気質が個性として花開くことなく押し潰されたとき、『言葉にならない心の叫び』を出すのです。
そのような意味で私は、その子の個性として開花できるような、その子の身の丈(気質)に合った育ち方の選択が尊ばれる世の中になることを切に願っているのです。
参考文献
『発達障害と呼ばないで』岡田尊司/著(幻冬舎新書) 2012
『母という病』岡田尊司/著(ポプラ新書) 2014
『ひといちばい敏感な子』エレイン・N・アーロン/著(1万年堂出版)2015
HSCにとっての学校

以前、上の記事の中で取り上げたのですが、
HSC(Highly Sensitive Child)・HSP(Highly Sensitive Person)には、
ポジティブな面・ネガティブな面を含めて、とても豊かな特性が認められます。
しかし、HSCの生活の場が家から学校に移った途端、
その*ポジティブな面は影を潜め、ネガティブな面が多く表に出てきてしまいやすいと言っても過言ではないかと思われます。
*ポジティブな面…鋭い感性と想像性に富み、人の気持ちに寄り添ったり、その場の空気を読み取ったりするなど、思いやりや共感力・直感力に優れていて、繊細で細かい気配りができる。
今日は、そのようなところをクローズアップしながら『HSCにとっての学校』と題して、お話しさせていただきたいと思います。
社会性と個性(自分らしさ)のギャップ
HSCにとって学校生活は負担が大きく、園や学校への「適応」は簡単ではありません。
エレイン・N・アーロン博士によれば、子ども全体のほぼ5人に1人がHSCに該当し、そのうちの7割は内向的なのだそうです。
内向的な人というのは、刺激の強すぎない環境を好む性質であり、内面の世界に意識が向いていて、自分の感じ方を大切にする人とも言えます。
そして、その多くがご自身の家族や家庭に幸せ感を求めているものがあるように感じます。
またHSCは、集団に合わせることよりも、自分のペースで思索・行動することを好みます。
これはその子の独自性が阻まれることを嫌がるほどの「強い個性」とも捉えられるのです。
さらにHSCは、新しいことや初めての場所、人が集まる場所や騒がしいところが苦手だったり、予想外のことや変化を嫌がる傾向にあります。
そのために、刺激が多すぎる学校生活は不安でいっぱいで、とてもつらいものと感じられることが多く、HSCにとって新しい世界、特に園や学校という世界に入っていくのは、茨の道を歩いていくことを意味すると言われているくらいです。
外向的で強い子も、静かでおとなしい子も、HSCにとって、新しい世界、特に学校という世界に入っていくのは、茨の道を歩いていくことを意味します。
多くのHSCは、「家にいた時は幸せだった。親は優しくしてくれた。でも、学校は地獄だった。いまだにその傷が残っている」と言います。
「ストレス」や「トラウマ」を抱えやすいHSC
またHSCは、物事を始めたり、人の輪に加わったりするなど、行動を起こすのにも時間がかかります。
これは目の前の状況をじっくりと観察し、情報を深く処理(大丈夫かどうか確認)してから行動するためです。
そのほか、ちょっとしたことを気にしたり、刺激を受けすぎて疲れやすく、圧倒されたりすると、落着きがなくなったり、言うことを聞けなくなったり、物事がうまくできなかったりします。
恥ずかしさや刺激が多すぎて不安を感じる状況や環境では、冷静さや自制心を失って、その子が持っている本来の良さや力が発揮できなくなるのです。
その気質の特性への認識がHSCに関わる大人の人たちに共有され、慣れるまでのそれぞれに合ったやり方やペースが尊重されると安心ですが、そうでない場合、「自己否定感」や「劣等感」、「ストレス」を抱えやすく、さらには「トラウマ」まで抱えることもあります。
特に幼い頃に母親から無理に引き離された経験は、HSCにとって「トラウマ」になる(強い不安となって残る)傾向があるのです。
さいごに
現実には多くの学校は、多数派の占める外向型の子どもたち向けにつくられています。
社会も多数派の人の在り方を基準につくられています。
社会性や外向性を重視する環境や、敏感さが受け入れられにくい環境では、敏感で繊細な感受性という気質を持ち、内的生活に価値を置く子ども(HSC)だけでなく、大人(HSP)にとっても、環境と気質が相容れず、少数派はさまざまな不利を強いられるため、不適応を起こしやすいのです。
また、その中で豊かな個性が認められなかったりして、自分らしく育つ(生きる)のが非常に難しいのです。
参考文献
『ひといちばい敏感な子』エレイン・N・アーロン/著、明橋大二/訳 一万年堂出版 2015
内向型人間のすごい力 静かな人が世界を変える (講談社+α文庫)スーザン・ケイン/著2015
【HSC】『子どもの気質に合わせた子育て』を阻むものとは?

子どもの気質に合わせた子育てに立ちはだかる壁
「HSC(Highly Sensitive Child)を育てる親にとって、その子の気質やペースに合わせた子育てがもっとも重要で、その子に合わせるとは、その子らしさを育める家庭環境を整えることです。
また、教育や職業に関しても、学校や組織にこだわることなく、持って生まれた資質や個性が開花できるような、その子の身の丈(気質)に合った方法や環境を選択していくことが望まれます。
前回の記事ではこのように締めくくっていました。
では、具体的にはどうしたらいいのだろう・・・
現実を目の前にすると、子どもの気質やペースに寄り添っていて大丈夫なのだろうか・・・という心配が頭をもたげてきてしまいます。
「ほかの子に遅れをとってはいけない」
「おちこぼれてはいけない」
「早く社会性を身につけて適応させなくては、自立させなくては」
多くの親御さんを縛るこのような考えが、
HSCである子どもさんの気質に合わせた子育てや、子どもさんの気質を花開かせるための人生の選択に、立ちはだかる大きな壁のひとつとなっているのです。
ではなぜ、そのような考えに縛られのでしょうか?
それは親御さんたちが抱える、子ども時代に体験した「愛着の傷」や「ご自身の親からのコントロールによる心の傷」が大きく影響していると考えられます。
「愛着の傷」と「親からのコントロールによる心の傷」
この、「愛着の傷」と「ご自身の親からのコントロールによる心の傷」にいずれにも共通しているのが、「見捨てられることへの不安や恐怖が強い」ということです。
「愛着の傷」とは、3歳頃までの時期(5歳頃までは敏感な時期なだけに慎重を要する)に、母親から引き離されるという体験です。
母子分離不安が高まるこの時期に、無理やり母親から引き離されるという体験をすると、愛着に傷が残り、「見捨てられ不安」が強まりやすくなると言います。
(※特にHSCは、その気質から、母子分離による愛着の傷のダメージが大きい)
「ご自身の親からのコントロールによる心の傷」とは、“条件つきの愛”というコントロール(支配)によってもたらされたものです。
“条件つきの愛”とは、親の都合で考える価値観が基準となっていて、
親の都合や要求に子どもが合わせれば(従えば)親は喜ぶ、
親の都合や要求に子どもが合わせなければ(従わなければ)親は喜ばない。
さらに、
親の都合や要求に子どもが合わせなければ(従わなければ)、
または、
親の価値観の枠を外すような行動を子どもが取ると、
(*1)見捨てるような否定的で拒絶的な言葉や、
(*2)見捨てるような態度、
(*3)見捨てるような素振りを、
子どもに与える(見せる)という、わかりにくいコントロール(支配)のことです。
(*1)見捨てるような否定的で拒絶的な言葉・・・「もう知りません」、「勝手にしなさい」、「あなたにはガッカリした」、「あんたなんか産まなきゃよかった」、「そんな子はうちの子ではありません」など
(*2)見捨てるような態度・・・無言になる、無視、放置 など
(*3)見捨てるような素振り・・・表情が曇る、顔がこわばる、言葉数が減る、悲しそうな顔をする など
それは「親からの見捨てられ体験の後遺症」
子ども時代に体験した、これらの「ご自身の(*4)親」からの見捨てられ体験は、
過去のものとなることなく、潜在意識の中にトラウマとして残っているため、社会に出ていくことで、「ご自身の親」がそのまま「世間様」や「社会」にスライドし、
「世間様」や「社会」から見捨てられることへの恐怖、取り残されることへの恐怖に怯えながら、それを自覚することなく生きることになります。
そして、
「人並みにしておかないといけない」「ほかの人に遅れをとってはいけない」
「人に負けてはいけない」「社会から落ちこぼれてはいけない」
「人から嫌われないように」「世間様に後ろ指を指されないように」
「世間に出て恥をかかないよう」「早く社会に適応しなくては」
という考えに縛られながら、自分の自発的な意志やペースをもとにした選択ができなくなってしまうのです。
それはつまるところ、子どもさんの気持ちやペースに寄り添うことよりも、世間体や社会側に立った立場で物事が判断されることが当たり前(その家の常識)となって、その世間体や社会の常識が優先されていくということにつながっていくのです。
(*4)親からの見捨てられ体験は、他にも、家族の中で自分だけがのけ者にされたことや、きょうだい間で比較・競争・差別が存在し、自分以外のきょうだいが優先されたこと、一目置かれたこと、自分だけが取り残されたこと、などが関係していることもあります。
また、自己否定感や見捨てられることへの不安や恐怖を、優越感を得ようとすることで打ち消そうとするために、上昇志向へと駆り立てられ、『高学歴や社会的評価の高い職業・肩書・経歴・資格へのこだわり(自分の子どもに託す場合もあり)』が強くなっていることもあります。
参考文献
『愛着障害 子ども時代を引きずる人々 (光文社新書)2011』岡田尊司/著
HSCの気質に合わせた子育て

先天的な『気質』と、後天的な『性格』の違い
『気質』というのは、生まれつき備わった性質のこと。
一方、育つ環境や社会環境、特に親との関係に適応していく中で、後天的にその多くがつくられていくのが『性格』です。
この先天的な『気質』と後天的な『性格』に大きなズレが生じると、「生きづらさ」を抱えやすくなります。
HSC(Highly Sensitive Child)が持つ気質の特性として、目の前の状況をじっくりと観察し、情報を過去の記憶と照らし合わせて安全かどうか確認するなど、徹底的に処理してから行動するという神経システムがあります。
そのために、思慮深く慎重な傾向にあるのですが、
一般にHSCは、「内気」とか「引っ込み思案」とか「神経質」とか「心配性」とか「臆病」などとネガティブな性格として捉えられがちです。
しかし、「内気」「引っ込み思案」「神経質」「心配性」「臆病」な性格というのは、持って生まれた遺伝的なものではなく、後天的なものであり、
それらは、幼い頃に母親から引き離された体験が強い不安になって残る「愛着の傷」であったり、親からの支配や侵入や否定的言動などによる「トラウマ」が影響しているものと考えられています。
HSCに起こりやすい「ストレス反応」と「不適応」
またHSCは、外向性を重視する社会や敏感さが受け入れられにくい社会では、自分の気質に合わないことに対して、
ストレス反応(様々な形での行動や症状としての反応…「落ち着きがなくなる」「固まる」「泣きやすい」「言葉遣いや態度が乱暴になる」「すぐにカッとなる」、「発熱」「頭痛」「吐き気」「腹痛」「じんましん」など)が出やすく、
感受性が強く、些細な刺激にも敏感に反応し、多くの刺激を受け止めやすいため、学校での環境や人間関係から強いストレスを感じてしまい、不適応を起こしやすいのですが、
親御さんや周りの大人の人たちが、
「ほかの子に遅れをとってはいけない」「おちこぼれてはいけない」
「早く社会性を身につけて適応させなくては、自立させなくては」
という考えに縛られていたら、子どもさんに対して否定的な言葉を浴びせたり、そうでなくてもその焦りが子どもさんに伝わって、
期待に応えられない子どもさんは、
「どうして自分にはできないのだろう」「どうして自分は、ほかの子と違うのだろう」
という思いが強まって、「自己否定感」や「劣等感」を抱えてしまいます。
HSCという気質の特性を知る
子どもにはそれぞれ個性や独自性が存在し、それぞれに得手・不得手があります。
中でもHSCは、細かいことに気がつき、過剰に刺激や情報を受け止めるため、疲れやすく、慎重で状況をよく観察してから行動します。
自分のペースで思索・行動することを好み、監視されたり、評価されたり、押しつけられたりすることを嫌います。
また、人の集まる場所や騒がしいところが苦手で、新しいことや初対面の人と関わることを躊躇したり、慣れた環境や状況が変わるのを嫌がったりする傾向が見られます。
このようなHSCの生得的な気質である、
「小さなことを気にする自分」「ちょっとしたことに敏感に反応する自分」
「なかなか決断ができない、行動を起こすのに時間がかかる自分」を、
もっとも大切な人から肯定的に受け止めてもらえるか否かで、自分の気質をポジティブに捉えていくか、ネガティブに捉えていくかということについての影響は大きいでしょう。
HSCの場合は、親御さんや周りの大人の人たちがその子の気質の特性を知って、気質に合わせた育て方を行っていくか否か、さらには、その子とともに、気質に合った生き方(教育や職業など)の選択を行っていくか否かは、その子にとっての、その後の「生きやすさ」、「生きづらさ」にまで影響を及ぼしていくものと考えられるのです。
「生きづらさ」や「自己否定感」を抱えたHSC
HSCを持つ親御さんとして、覚悟しておいていただきたいことは、
HSCは「普通にできない」ということ。
例えば、集団に合わせることよりも、自分のペースで行動することを好んだり、ほかの子は問題なくできることを躊躇したり、小さなことを気にしたりしがちですので、
親は「もっと強い子に育ってほしい」「早く社会に適応してほしい」という思いから、苦手なことを克服させなければならないと考えてしまったりするのです。
そのため、
外向性を基準とする多数派の考え方・感じ方を強要してしまったり、
「あの子はできるのに、あなたはどうしてできないの?」
「そんな細かいこと気にしないの!」「クヨクヨ考えすぎ!」
「イライラさせないで!」「そんなことだと世の中渡っていけないよ!」
などの言葉で、気づかないうちに、子どもの気質を否定してしまったり、心に傷を負わせてしまったりすることで、
「生きづらさ」や「自己否定感」を抱えた多くのHSCに影響が出ているというのが実際のようです。
子どもの気質に合わせた子育て
HSCを育てる親御さんにとって、その子の気質やペースに合わせた子育てがもっとも重要で、その子に合わせるとは、その子らしさを育める家庭環境を整えることです。
また、教育や職業に関しても、学校や組織にこだわることなく、持って生まれた資質や個性が開花できるような、その子の身の丈(気質)に合った方法や環境を選択していくことが望まれます。
さいごに
HSCの気質が妨げられないような子育てには、世間(社会)の常識の枠に当てはまらない選択や判断が必要になる場面が多くなることが予測されます。
ある時は、世間や目上の人の期待や理想を裏切るように思えて、自分にはとてもできないと怖くなるかもしれません。
しかし、子どもさん側の気持ちに寄り添った正確な情報や知識を得ながら、親御さんが支えられ、励まされ、安心や助言を共有できるような場・つながりがあれば、子育てに安定がもたらされていくものと思われます。
HSCのことが書かれた書籍はまだまだ少ないようですし、HSCに対する世間の理解もまだまだと思います。
HSCについてもっと知ってもらいたい、考えてもらいたい、そういう意味で、私たちは『HSC子育てラボ』というサイトを立ち上げました。
HSCを提唱したエレイン・N・アーロン博士は、著書『ひといちばん敏感な子』の中で、次のような言葉で、HSCを持つ親御さんを勇気づけてくれています。
「HSCを育てるのは大きな喜びです。確かに、自分の子どもが『他の子と違う』ことには複雑な気持ちになるかもしれません。でも『他とは違う子の親になるなら、他とは違う親になる覚悟が必要です』。これがモットーであり、私の座右の銘です」と。
参考文献
『ひといちばん敏感な子』エレイン・N・アーロン/著、明橋大二/訳 一万年堂出版 2015
【保育園・託児所・親以外の人】に預けて大丈夫じゃない子とは?

私はデジタルのものが苦手なので、ツイッターやネットニュースなどを見ることがほとんどありません。
反対にそれらで色んな情報を得ている妻からは、3歳児神話やサイレントベビーなど、親より子どもを優先しなければいけなくなるような概念について、反対意見などで話題になっていることを聞きます。
一方で、子どもさんが少し大きくなって、何らかの問題が表に出てきて頭を悩ます親御さんからは、『もっと早く知っておきたかった』『そんな大事なことならもっと叫ばれてほしかった』『それを知っていたら違う選択をしていたかもしれない』と言われる情報もあります。
情報は、受け取る人、タイミングによって捉え方も重要度も違いますし、すべての人に共通して当てはまるわけでもありません。
子育てに関しては、子どもさんそれぞれの『気質』が異なるので特に。
ですから今日は、『もっと早く知っておきたかった』『そんな大事なことならもっと叫ばれてほしかった』『それを知っていたら違う選択をしていたかもしれない』に該当する情報をお伝えしようと思います。
【目次】
- 子どもを小さいうちから預けると悪い影響が出る?
- 注意しなければいけないタイプ【HSC】
- 子どもが小さいころに、母親から引き離されるとどうなる?
- 預けるか見合わせるか、判断の目安
- 子どもが小さいころに、母親から引き離さないほうがよい理由とは
- 幼い時期ほど、回復が早い
- 参考文献
子どもを小さいうちから預けると悪い影響が出る?
3歳未満、ことに1歳未満から子どもを保育所・託児所などに預ける場合、母子間の(*1)愛着が不安定になったり、その後子どもに行動上の問題が生じる場合があることが知られています。
ただし、すべての子どもに悪い影響が出るわけではありません。
(*1)愛着とは、選ばれた特定の存在に対する特別な結びつき(絆)であり、その選ばれた存在に対してだけ、愛着行動が見られるという。
注意しなければいけないタイプ【HSC】
それは、とても敏感な遺伝的気質を持った子、(*2)HSC(Highly Sensitive Child)です。
(*2)HSCの特徴
刺激に対して敏感である。
過剰に刺激を受けやすい。
細かいことに気がつく。
強い感情に揺さぶられる。
具体的には、
すぐにびっくりする、
大きな音やまぶしい光にびっくりして泣き出すことがある、
服の布地がチクチクしたり、靴下の縫い目や服のラベルが肌に当たったりするのを嫌がる、
かすかな音や臭いに気づく、
部屋や自分の衣服のささいな変化に気づく、
暑すぎたり、寒すぎたりするのを嫌がる、
人混みや騒がしい場所を嫌がる、
混ぜた食べ物や複雑な味付けを嫌がる、
予想外のこと、びっくりすること、突然の変化を嫌がる、
親の機嫌を敏感に察知する、
親のマイナス感情を過剰に受け止めてしまう、
親の不安を感じ取って泣くことがある、
というもの。
(『ひといちばい敏感な子』エレイン・N・アーロン著 / 明橋大二訳 / 1万年堂出版より抜粋)
HSCを提唱したエレイン・N・アーロン博士が行ってきた調査や研究によると、子ども全体の15~20%(ほぼ5人に1人)がHSCに該当するとしています。
ただし、敏感な遺伝的気質を持った子の中には、敏感なHSCであることをわかりにくくする、もう1つのある特徴を併せ持った子どもがいますので、見逃されないよう注意が必要です。
それは新しいものに好奇心が強く、刺激を求めて活発に行動する傾向が強いという特徴を持った子です。
このようなタイプを新奇性探求とか、新奇追究型=High Novelty Seeking(HNS)、または刺激追究型=High Sensation Seeking(HSS)と呼びます。
子どもが小さいころに、母親から引き離されるとどうなる?
これらの気質を持つ子が、3歳頃までの時期(中でも生後1歳半頃までは愛着形成が行われるもっとも大切な時期)に、無理やり母親から引き離されるという体験をすると、
それがトラウマ(強い不安)となって心に傷が残りやすく、些細な変化や新しい人・場面などに対して警戒心が強く過剰に敏感であったり、多動で衝動的であったり、後追いなどの母親にしがみつこうとする行動をとったり、母親を困らせることをしたりするなど、不安定な愛着パターンを示しやすくなるということです。
敏感な遺伝的気質を持った子の場合、
特に(*3)「抵抗/両価型」と呼ばれる、見捨てられることや拒否されることへの不安が強い不安定な愛着パターンを示しやすく、
大人になって「不安型」もしくは「とらわれ型」と呼ばれる愛着スタイルを示しやすいと言われています。
(*3)「抵抗/両価型(不安型)」
抵抗/両価型とは、自分を置いていなくなった母親が戻ってきたとき、子どもが素直に甘えるのではなく、拒否したり、怒りをぶつけたり、だっこされるのに抵抗を示したりすることからつけられた名前です。
(『過敏で傷つきやすい人たち』岡田尊司 / 著 / 幻冬舎新書 P139より引用)
抵抗/両価型は、愛されている、守られているという安心感が乏しく、見捨てられることや拒否されることへの不安が強い。そのため、甘えたいのに素直に甘えられないといった両価性や、本心とは反対の行動をとるといった逆説的反応がみられやすい。相手の顔色に対して敏感で、少しでも拒否されたり、自分が否定されたりする気配を感じ取ると、しがみつこうとしたり、逆に攻撃したりして、激しい反応を示す。他人の良い点を素直に認めるよりも、悪い所ばかり目が向くため、人に対して批判的で、否定的な感情を抱きやすい。
その結果、対人関係が不安定になりやすい面と、極度に依存的な面がみられる。後者の要素が強まると、人の顔色に敏感で、他人に過度に迎合し、言いなりになってしまいやすい。そのため、イジメや不当な支配を受けたり、他人から都合よく利用・搾取されやすい。
預けるか見合わせるか、判断の目安
とはいえ、初めて子どもさんを預ける時、例えばとても嫌がっていたり、1時間以上たってもまだ泣き続けるような場合、預けるか、見合わせるか、判断に迷うと思います。
その場合、子どもさんの敏感・繊細さの度合いを見極めることが重要になります。
これについて、アーロン博士は次のように記されています。
『初めて親と離れる時』
HSCが親と引き離された時、どうなるかは予測しにくいものです。前章でお話ししたとおり、幼い子どもは本能的に、一人きりにされたり、じゅうぶんかまってくれない人と一緒にいたりすることを嫌がります。でも、子どもの要求に柔軟に応えられる信頼できる人がいて、子どももその人のことを知っている場合、うまくやっていける可能性もあります。
ただ、とても嫌がっていたり、1時間たってもまだ泣いているようなら、誰かに預けるのをやめ、できる限り子どもと一緒にいたほうがいいでしょう。私は、少なくとも3歳までは、慣れた養育者から引き離される時間は最小限にとどめたほうがいいと思っています。そうすれば、数年後には自立した子どもに成長しているはずです。
というのも、幼い子、特にHSCは、親から引き離された経験がトラウマになる傾向にあるからです。これまでに、幼い頃に母親から長時間引き離された経験が、強い不安となって残っているHSPを大勢見てきました。
子どもが小さいころに、母親から引き離さないほうがよい理由とは
“愛着の傷”とその影響という観点から、子どもが小さいころに、母親から引き離さないほうがよい理由について詳しく記載された文献がありますので、ご紹介したいと思います。
愛着の形成には臨界期と呼ばれる敏感な時期があり、その時期に母親が奪われる体験をすると、深刻な障害が残りやすい。
愛着形成の臨界期は生後半年から1歳半の期間だとされるが、最近の研究では、生まれた直後から半年までの間でも、すでに愛着形成が始まっており、早期に母親から離された場合、社会性の発達などに影響があることが認められている。
つまり、1歳半までの期間に養育者との間で愛着の絆が確立されないと、安定した愛着の形成は困難になりやすいのである。
しかし、この時期を過ぎたからといって、まだ安心できるわけではない。この時期は、愛着の形成という意味での臨界期であるが、それに続いて迎える母子分離の段階は、母子分離の達成という次のステップの臨界期にあたるからだ。ことに2,3歳の時期は、母子分離不安(子どもが母親から離れる際に感じる不安)が高まる時期であり、この時期に無理やり母親から離されるという体験をすると、愛着に傷が残り、分離不安が強く尾を引きやすい。結局5歳ごろまでは、敏感な時期だと言える。
概して言えることは、愛着形成が完了しない時期に母親から離された子どもは、愛着自体が乏しい脱愛着傾向を抱えやすく、母子分離不安が高まった時期に母親をうしなうと、「見捨てられ不安」や抑うつが強まりやすい。その境目が2,3歳ごろだと言えるだろう。
こうした時期を過ぎるにつれて、愛着した対象をうしなうことの影響は小さくなっていくが、そこで受けた傷はさまざまな影響や動揺を及ぼし得る。愛着に傷を抱えると、次に対象をうしなったとき、いっそう強い影響を被りやすく、不安定な時期が長引くという悪循環を来しやすい。
幼い時期ほど、回復が早い
『わが子の気質や預けることでのリスクなど知らなかった。問題が起こっているがどうしていいかわからない』
そのような場合でも、傷の回復は可能です。
たとえ心に傷が残っていたとしても、幼い時期ほど、不安定な愛着パターンの回復は早く、母親の安定した愛着に恵まれるようになれば、心の傷は癒され、情緒的に落ち着いていくと言われています。
子どもさんの愛着関係における傷を癒すには、安心感に包まれること。
そのためには、母親が支えられ、励まされ、安心や助言を得ることも重要です。
子どもさんの安心感と信頼感の回復には、“子どもさんが困ったとき、助けを必要とするとき、すぐにかけつけて、必要なサポートをしてくれる”ということが欠かせません。
大切なことは、共感的に子どもさんの気持ちや欲求を汲み取ってそれに寄り添い、表情や動きに反応したり、子どもさんのニーズに応えるということです。
つまり、子どもさんに対して反応豊かで愛情深い関わりを持つことが傷の回復を早めるのです。
参考
『愛着パターンは変えられる』
愛着という現象の大きな特徴は、遺伝要因によって決められる部分よりも、体験によって作られる部分が大きく、いったん確立した後でさえも変化し続けるということである。
不利な遺伝要因をもっている場合であっても、また、すでに不安定な愛着パターンを示している場合でも、かかわり方を変えていけば、愛着は安定していき、遺伝的特性や気質的傾向は残っていても、あまり問題がなくなり、適応がよくなり、別人のように生き生きとしてくることも多い。遺伝要因や器質的障害そのものを取り除くことはできなくても、愛着を安定したものに変えることは努力次第で十分可能なのである。親として、また支援者として、成し得る最善のことは、安定した愛着を育み、また育み直すということに尽きるように思える。
幼い時期ほど、愛着パターンは大きく変わる。遺伝要因さえも凌駕(りょうが)し得る可能性をもっている。ちょっとしたかかわり方で大きな違いを生んでいくのだ。(『発達障害と呼ばないで』岡田尊司著 / 幻冬舎新書 P249-250より引用)
『安定した愛着を育むためには』
安定した愛着を育むには、たっぷりとしたスキンシップで、子どもの安全感を守るということが第一だ。安心を与えてくれる人に、子どもは愛着し、絆が形成されるからだ。そのためには、母親がそばにいるということが、まず前提条件になる。子どもが困ったとき、助けを必要とするとき、すぐに飛んできて、手を差し伸べてくれるということが、子どもの安心感と信頼感を育む上で基本中の基本だと言える。
したがって、母親が長期間いなくなることは、愛着に対しては破壊的な作用を及ぼし、脱愛着という状態を引き起こす。脱愛着は、母親を求めることに疲れ、もう求めなくなった状態だ。
そこまで長期間でなくても、そばにいない時間が長かったり、いてもその子にかまえないという場合には、愛着は不安定なものになりやすい。母親が自分に対して上の空だということを、子どもは敏感に感じ取る。
だが、母親がそばにいるだけでは、安定した愛着を育めるとは限らない。それは必要条件であって十分条件ではない。
発達心理学者のメアリー・エインスワースは、母国アメリカだけでなく、世界各地で、さまざまな文化に属する母親と子どもの関係を観察した結果、子どもと安定した関係を結ぶことができる母親は、文化や社会の違いを超えて共通する特徴を示すことに気づいた。
それは、感受性や応答性が豊かなことだ。ここで言う感受性とは、子どもの気持ちや欲求を感じ取る能力のことだ。子どもの気持ちを的確に読み取れず、自分の思い込みで的外れなことをしてしまう場合、愛着は不安定になりやすい。
また、応答性とは、子どものアクションに対して、リアクションすることだ。声や表情や動きに反応したり、子どもが求めていることを満たしてやったり、困って助けを求めていれば、救いの手を差し伸べたりということだ。
もっとも有害なのは、母親のリアクションが乏しい場合だ。多少的外れでも、リアクションをしないよりはした方がよい。しかし、親がリアクション過剰になり、何もかも先回りしてやってしまうと、子どもは自分で行動できなくなり、たえず母親の顔色をうかがうようになる。こうした場合も、愛着が不安定になりやすい。
ましてや、本来子どもを守るはずの親が、子どもを気まぐれに脅したり罰したりすれば、子どもとの愛着は破壊的なダメージを受けることになる。(『母という病』岡田尊司著 / ポプラ新書 P86-87⦅ページ数は単行本⦆より引用)
参考文献
- 『愛着障害 子ども時代を引きずる人々』岡田尊司/著 (光文社新書)2011
- 『発達障害と呼ばないで』岡田尊司/著 (幻冬舎新書)2012
- (017)『母という病』岡田尊司/著 (ポプラ新書)2014
- 『過敏で傷つきやすい人たち』岡田尊司/著 (幻冬舎新書)2017
- 『ひといちばい敏感な子』エレイン・N・アーロン/著(1万年堂出版)2015
- 『子どもの敏感さに困ったら読む本: 児童精神科医が教えるHSCとの関わり方』長沼 睦雄/著(誠文堂新光社)2017
- 『敏感すぎる心がスーッとラクになる本』長沼 睦雄/著(扶桑社)2017
【HSC・HSPの特徴】疲れやすい、傷つきやすい、人づき合いが苦手?

ご訪問くださりありがとうございます。
HSC・HSPについての基本的な特徴について簡潔にまとめたものを記事にしておこうと思います。
HSC・HSPについて
とても敏感で、繊細さや感受性の強さ・豊かさを生まれ持つ気質の子・人のことを、
HSC(Highly Sensitive Child)・HSP(Highly Sensitive Person)と言います。
HSC・HSPは一般に、集団に合わせることよりも、自分のペースで思索・行動することを好みます。
これはその子・人の独自性が阻まれることを嫌がるほどの「強い個性」とも捉えられるのです。
またHSC・HSPは、「内気」とか「引っ込み思案」とか「神経質」とか「心配性」とか「臆病」などとネガティブな性格として捉えられがちなのですが、
「内気」「引っ込み思案」「神経質」「心配性」「臆病」な性格というのは、持って生まれた遺伝的なものではなく、後天的なものであり、それは過去におけるストレスやトラウマ体験が影響しているものと考えられています。
5人に1人は、HSC・HSPに該当すると言われ、HSC・HSP自体は病気や障がいではなく、とても敏感で感受性が強く、かつ繊細さを持った生得的な気質なのです。
(*HSC・HSPはアメリカのエレイン・N・アーロン博士が提唱した概念です)
HSC・HSPの特徴
※個人差があり、当てはまるものや、その強弱は、人によって異なります。
また、HSC・HSPという敏感さと、HSS(High Sensation Seeking=刺激追求型)もしくはHNS(High Novelty Seeking=新奇追求型)という強い好奇心を併せ持っているタイプの子・人が存在しますが、ここではHSC・HSPの特徴について記し、HSS・HNSの特徴については触れていません。
①刺激に対して敏感である。
細かいことに気がつく(些細な刺激や情報でも感知する)。
②過剰に刺激を受けやすく、それに圧倒されると、ふだんの力を発揮することができなかったり、人より早く疲労を感じてしまったりする。
人の集まる場所や騒がしいところが苦手である。
誰かの大声や、誰かが怒鳴る声を耳にしたり、誰かが叱られているシーンを目にしたりするだけでつらい。
③目の前の状況をじっくりと観察し、情報を過去の記憶と照らし合わせて安全かどうか確認するなど、情報を徹底的に処理してから行動する。
そのため、行動するのに時間がかかったり、新しいことや初対面の人と関わることを躊躇したり、慣れた環境や状況が変わることを嫌がる傾向にある。
急に予定が変わったときや突発的な出来事に対して混乱しやすい。
新しい刺激や変化を好まないのは、“刺激への馴れが生じにくいこと”の影響も大きい。
④人の気持ちに寄り添い深く思いやる力や、人の気持ちを読み取る力など『共感する能力』に秀でている。細かな配慮ができる。
⑤自分と他人との間を隔てる「境界」が薄 いことが多く、他人の影響を受けやすい。
他人のネガティブな気持ちや感情を受けやすい。
⑥(*1)直感力に優れている。
漂っている空気や気配・雰囲気などで、素早くその意味や苦手な空間・人などを感じ取る。
先のことまでわかってしまうことがある。
(*2)直観力がある。物事の本質を見抜く力がある。
物事を深く考える傾向にある。思慮深い。
モラルや秩序を大事にする。正義感が強い。
不公平なことや、強要されることを嫌う。
⑦内面の世界に意識が向いていて、豊かなイマジネーションを持つ。
想像性・芸術性に優れている。
クリエイティブ(創造的)な仕事に向いている。
⑧静かに遊ぶことを好む。
1対1や少人数で話をするのを好む。
自分が交流を深めたい相手を選び、その相手と同じことを共有し、深いところでつながって共感し合えるようなコミュニケーションを好む傾向にある。
大人数の前や中では、力が発揮されにくい。
自分のペースで思索・行動することを好む。
自分のペースでできた方がうまくいく。
観察されたり、評価されたり、急かされたり、競争させられたりすることを嫌う傾向にある。
⑨自己肯定感が育ちにくい。
外向性を重要視する学校や社会の中で、求められることを苦手に感じることが多く、人と比較したり、うまくいかなかったりした場合に自信を失いやすい。
⑩自分の気質に合わないことに対して、ストレス反応(様々な形での行動や症状としての反応…HSCの場合「落ち着きがなくなる」「固まる」「泣きやすい」「言葉遣いや態度が乱暴になる」「すぐにカッとなる」、「不眠」「発熱」「頭痛」「吐き気」「腹痛」「じんましん」など)が出やすい。
細かいことに気がついたり、些細な刺激にも敏感に反応したり、過剰に刺激や情報を受け止めたりするため、学校や職場での環境や人間関係から強いストレスを感じてしまい、不適応を起こしやすい。
人の些細な言葉や態度に傷つきやすく、小さな出来事でもトラウマとなりやすい。
(*1)直感力と(*2)直観力の違いについては『直感と直観の違いが深かった。あなたはどちらのタイプ?』をご参照ください。
エレイン・N・アーロン博士のホームページにある、HSC・HSPのセルフチェックは → こちら です。
ー出版のお知らせー
HSCの子と親を守る小冊子絵本『敏感な子の守りかた絵本』が出版となりました。
心理カウンセラーの妻kokokaku(斎藤暁子)とともに、監修として本づくりに携わりました。
HSCの認知と理解が広まり、HSCの子や親にとって優しい居場所が増えますように。
参考文献
『ささいなことにもすぐに「動揺」してしまうあなたへ。』エレイン・N・アーロン/著(SB文庫)
ささいなことにもすぐに「動揺」してしまうあなたへ。 (SB文庫)
- 作者: エレイン・N・アーロン,Elain N.Aron,冨田香里
- 出版社/メーカー: SBクリエイティブ
- 発売日: 2008/03/18
- メディア: 文庫
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『ひといちばい敏感な子』エレイン・N・アーロン/著(1万年堂出版)
『鈍感な世界に生きる敏感な人たち』 イルセ・サン/著(ディスカヴァー・トゥエンティワン)
『敏感すぎる自分を好きになれる本』長沼 睦雄/著(青春出版社)
『子どもの敏感さに困ったら読む本』長沼 睦雄/著(誠文堂新光社)
子どもの敏感さに困ったら読む本: 児童精神科医が教えるHSCとの関わり方
- 作者: 長沼睦雄
- 出版社/メーカー: 誠文堂新光社
- 発売日: 2017/06/15
- メディア: 単行本
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『敏感すぎて生きづらい人の明日からラクになれる本 』長沼 睦雄/著(永岡書店)
『内向型人間のすごい力』スーザン・ケイン/著(講談社)
内向型人間のすごい力 静かな人が世界を変える (講談社+α文庫)
- 作者: スーザン・ケイン,古草秀子
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2015/12/18
- メディア: 文庫
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HSCについての関連記事
【『嫉妬』の種は兄弟姉妹の存在によってつくられる】苦しい『嫉妬』の感情に支配されないために

「嫉妬なんて、良いことひとつもない」
「そもそも私は、嫉妬なんてしていない」
「大体これは、嫉妬じゃない」

負の感情の中でも、『嫉妬』は特に
“ないもの”
“みっともないもの”
“あってはいけないもの”
として心の奥底に押し込められているため、中々認めることができません。
しかし、種があると、どうしても『嫉妬』が誘発されるような出来事を引き寄せてしまいます。
では、『嫉妬』が誘発される出来事とはどのようなものでしょうか。
まず、『嫉妬』の意味を調べてみます。
【目次】
- 嫉妬とは?
- ありふれた日常の中の『嫉妬』
- 『嫉妬』と『劣等感』
- 『嫉妬の種』と『 兄弟姉妹の存在』
- 弟妹の存在によってもたらされたトラウマ
- 弟妹が抱える兄姉の存在に対する嫉妬
- 嫉妬の苦しみから解放されるために必要な認識
- 『嫉妬』は先天的に生まれ持ったものではない
- 『嫉妬』『劣等感』の種を植えつける、子どもの気持ちへの配慮不足
- 未解決のまま浮遊している兄弟姉妹の関係性が及ぼす夫婦間への影響
- 苦しい『嫉妬』のパターンから解放されるために
- トラウマからの回復
- さいごに
嫉妬とは?
1 自分よりすぐれている人をうらやみねたむこと。
「他人の出世を嫉妬する」
2 自分の愛する者の愛情が、他の人に向けられるのを恨み憎むこと。
焼きもち。
悋気 (りんき) 。
「夫の浮気相手に嫉妬する」
『嫉妬』の意味を調べると以上のような例文が出てくるように、
パートナーの浮気や、他人の出世や成功は、嫉妬が誘発される出来事の代表ともいえるものです。

ありふれた日常の中の『嫉妬』
ありふれた日常の中にも『嫉妬』を誘発する出来事はたくさんあります。
テレビやネットなどで自分より優れた人(仕事・生活・容姿など)の情報を見る、
他人の幸せそうな姿やライフイベントを見聞きする、
夫(妻)や恋人が自分以外の女性(男性)を褒める、
など。

これらのすべてに共通しているのは『自他の比較』です。
その比較の中から、自分にないものを他人が持っているとか、他人より自分のほうが劣っているとか、
つまり『嫉妬』には自身の『劣等感』が大きく影響しているということは何となく想像できるのではないかと思います。
ですから『嫉妬』を向上心へと換えて、自分を高める方向(上昇志向)へと活かすなど、場合によってはプラスに働くこともあるかもしれません。
がしかし、種がある限り、引き寄せられるのが『嫉妬』を誘発させる出来事なのです。
『嫉妬』と『劣等感』
『嫉妬』の感情に支配されると苦しいですよね。
『優越感』は心を安定させてくれますが、『劣等感』はその真逆。
負けている、劣っていると感じることで、自身の存在価値が脅かされ、心が不安定になるので当然です。

この「負けている、劣っていると感じること」こそが嫉妬の種。
未解決のまま浮遊している過去の出来事と、それによってもたらされた感情なのです。
この“嫉妬の種”、これが具体的に何なのかを認知し、解消させることができれば、繰り返し迫ってきていた“刺激される嫌な出来事”は減少していきます。
誰にでも起こり得る『嫉妬』の苦しみから解放されることで、より自分らしい生き方ができるよう、今回は嫉妬の種に焦点を当てて書いてみたいと思います。
『嫉妬の種』と『 兄弟姉妹の存在』
嫉妬の種は、兄弟姉妹の存在が影響してつくり出されたものが大部分を占めています。
それは、家庭内の暴力や虐待などの大きな外傷体験が原因となって生じるトラウマではなくて、「兄弟姉妹の関係性の中で生まれるストレス」が原因となって生じるトラウマです。
兄弟姉妹の存在によってもたらされたトラウマは、大人になった今も想像以上に影響が大きく、特に、恋愛や夫婦間において、そのトラウマの再現が起こりやすく、日常生活に支障をきたしてしまいがちです。
では、兄弟姉妹の存在によってもたらされたトラウマとは、どういうものなのでしょうか。
弟妹の存在によってもたらされたトラウマ
『兄弟姉妹』と共に生活しながら成長する過程には、本当にいろんなジレンマがあります。
兄弟姉妹それぞれに与えられた役割を、子どもたちは受け入れる以外に選択肢はなく、良くも悪くも兄弟姉妹という関係性の鎖につながれて生活しなければなりません。
『嫉妬』という感情の発端をたどれば、記憶にはほとんどないような幼少期、例えば兄姉であれば、弟妹の登場にまでさかのぼります。
弟妹が登場したことによって、いよいよ愛情も注目も得られない状況に陥った、「もっと甘えたかった」「もっと(親を)独り占めしたかった」気持ちは封印され、幼かった自分にとって、“弟や妹”という存在は脅威だったのです。

大好きな人(親や兄姉)からの注目や愛情を一瞬で奪い去る存在・・・
そして、その存在のために、自分には必要なものが与えられなくなったという現実・・・
弟や妹より劣ると思われる能力や性質・・・
しかし、“幼く無力な自分”にはどうすることもできず、どんなに悔しくて、悲しくて、心が悲鳴をあげても、それをわかってもらおうとすればするほど嫌な顔をされてしまいました。
そのため、ある子は「きっと本当は私の方が大事に違いない」「私の方が優れている」と思い込ませて生きるより他ありませんでした。
いつしか、“自分のものは貸したくない、あげたくない、触らせたくない、自分の思いを通したい”、そういうことにこだわったり、反対に世話を焼くことで優越したりして・・・強い独占欲や、競争心、高いプライドが備わり、それを死守するためのスキルを身につけます。

自分の欲求が満たされないまま弟や妹が生まれたり、自分の能力や長所を肯定的に受け止めてもらえず、自分より秀でていると思われる弟や妹の能力や性質に注目を奪われるのは、子どもにとって予想などできなかった事態です。
このような関係性の中から生まれることとなった『嫉妬心』や『劣等感』を封印して、「自分は何でもできるに違いない」「できないことはない」という虚栄心や万能感を身につけた“幻想”に生きるようになるのです。
弟妹が抱える兄姉の存在に対する嫉妬
また、弟妹の場合も兄姉との関係性に『嫉妬』は存在します。
ある6歳の女の子は、3歳上のお兄ちゃんの存在によって主導権が得られない分、他の子に主導権を譲らない強引な振舞いをします。
女の子の言い分はこうです。
「お兄ちゃんは聞いてもいないのに私にいろいろ教えて、みんなから偉いね、優しいお兄ちゃんねって言われるけど、私は教えてもらいたくない! 自分でやりたいし、私だって褒められたいのに」
「お兄ちゃんは、誰も見ていないところですぐ叩くんだよ。おさえつけて、それ以上言ったら許さんとか言って、泣いたら私が悪いって言うの。お父さんもお母さんもわかってない。お兄ちゃん、ほんとにズルいよ」

そこには、共働きの両親から十分にかまってもらえない不満やジレンマも重なって、怒りや不満でいっぱいでした。
しかし、この女の子のように、お兄(姉)ちゃんからされたことが、たとえ自分にとって抵抗不能な侵入や虐待行為であったとしても、その時に与えられた“恐怖”の存在が大きければ大きいほど、それらのことを、大人になった現在、
「お兄(姉)ちゃんは私のためを思っていろいろ教えてくれたのだ」とか、
「お兄(姉)ちゃんは妹(弟)思いで、きびしく躾(しつけ)てくれたのだ」
などと理由づけをしていることが多く、無意識のうちに年長者である兄(姉)のことを“敬わなければならない対象”として理想化する傾向にあるのです。
嫉妬の苦しみから解放されるために必要な認識
こうして感じないように心の中におさえ込まれてきた怒りや悔しさ、中でも特に悲しみといった感情と、『嫉妬』や『劣等感』は、未解決のままである限り、その感情を再燃させる現象を引き寄せ悪影響をもたらし続けるため、きちんと整理することが必要なのです。
そしてもうひとつ。この再現による苦しみから解放されるために、さらに必要だったのは、
「それらの感情を抱いた自分には何の責任もなく、何も悪くなかった。
子どもにそれらの感情を抱かせることとなってしまった親の配慮不足に問題があった」
ということを知ることです。
ここで大事なことは、『知る』(客観的に捉える)ことであって『責める』ことではありません。
『嫉妬』は先天的に生まれ持ったものではない
『嫉妬』の苦しみは、『嫉妬』をしてしまう“自分”や“性格”を嫌悪してしまうところにもあります。
しかし、
『嫉妬』をしてしまう“自分”や“性格”は先天的に生まれ持ったものではありません。
あくまでも後天的につくられていったものであって、大元の責任は自分にはないのです。
ですから、
『親の十分な配慮』があったら『嫉妬の種』は植えつけられることが無かった
という認識を持つこと、
『嫉妬』がもたらす様々なマイナスの影響を少なくするためにも、大元の責任をしっかりと自分から切り離してあげることが重要です。
ではその、親の配慮不足の問題についての認識を深めてみましょう。
『嫉妬』『劣等感』の種を植えつける、子どもの気持ちへの配慮不足
子どもに『嫉妬』や『劣等感』などの感情が根づく時、そこには親の、子どもの気持ちへの配慮不足が存在します。
そしてそのような家庭には、「子ども側の立場や気持ちに寄り添うことよりも、いつも親側に立った立場で物事が判断されたり、親や家(大人)の都合(事情)が優先される」という習慣が代々受け継がれていて、そうすることは「ふつう」であり、その家の「常識」になっているということの影響が大きいのです。
また、次のような関わり方や言動・態度も影響しています。
① 自分(親)の都合が優先される子づくりや子育て。
- 子どもにとって、兄弟姉妹ができるかどうかについては、完全に受身で、選択する権利は与えられていない。そのような立場の子どもが、「親に十分に愛された」、「かまってもらえた」、という実感を持たないうちに弟や妹ができると、親の愛情や注目を奪われたと他の子を憎んで(妬んで)しまう。そのような、子どもがどういう気持ちを抱くかということへの配慮に欠けた子づくりや子育てが存在する。
- 子どもを産み育てる自分(親)の苦労ばかり意識し、兄弟姉妹の存在によって満たされずに育っている子どもの、愛情に飢えた心や欲求を放置する子育てが存在する。
②「親の期待に応える子」を優遇する言動や態度があり、親の親や世間に認められるた めに、子どもの成功や成績を利用する。

③ 自分(親)が苦労して子育てしていることを醸し出して、「お姉ちゃんでしょう」「我慢しなさい」などの言葉を使って、子どもに我慢を強いることや、兄弟姉妹間に不平等な責任を負わせることによるコントロールが存在する。
④ 兄弟姉妹間で比較・競争をあおる、兄弟姉妹の誰かを優先する・優遇する(例えば、「長男だから」「○○は成績が良いから」とえこひいきする)親の言葉や態度があり、結果として『嫉妬心』や『劣等感』を植えつけさせる(親の都合のいい子になるよう仕向けられる)。
⑤ 子どもの誰かを「わがままな子、ダメな子、問題な子」というレッテルを貼った言動・態度によって見せしめにすることで、親の都合のいい子になるよう仕向けるコントロールが存在する。
未解決のまま浮遊している兄弟姉妹の関係性が及ぼす夫婦間への影響
夫婦間の不和や離婚の多くも、この兄弟姉妹の関係に起因しているものと考えられます。
例えば幼い時に、兄弟姉妹の存在によって、親に十分な愛情を求めることができなかったり、得ることができなかった欲求不満が未解決である場合、伴侶にそれを過剰に求め、独占欲で息が詰まるような束縛感を与えてしまうということはよく起こりがちです。
また、子どもの頃に、兄弟姉妹間で親による差別・えこひいき・比較・競争があり、その時に生じた『嫉妬』『劣等感』などの感情が未解決である場合、夫婦間でも同じような関係が再現されます。
伴侶が兄弟姉妹に置き換わって勝ち負けや優劣にこだわったり、主導権争いを行うことによって建設的な関係を築くことができなくなるのです。

傍から見れば、幼い兄弟姉妹というのは、ほほえましく見えるものだと思います。
しかし、幼い当人にとっては、時に壮絶で、残酷で、深刻な場面が想像以上に多いのが実際なのですが、それについてはあまり触れられません。
「子どもはこういうものだから仕方ない」、で済まされるからです。
苦しい『嫉妬』のパターンから解放されるために
子どもたちの様子から、共通して見られることが多いのは、
兄姉は兄姉で『我慢』や『愛情不足』、『弟妹への嫉妬』、『兄姉という役割を押しつけられているジレンマ』などを抱え、

弟妹は弟妹で、兄姉が溜めたうっ憤のはけ口にされたり、兄姉が先に身につけた知恵やスキルで良いようにコントロールされ、決定権や発言権などの権利や主導権はほとんど与えられない。

いつも損な役回りを押しつけられながら、「文句言うな、泣くな、良い子でいなさい」といった“コントロール”でその子の個性や主体性が奪われ、ジレンマを植えつけられている関係性です。
「兄弟姉妹の関係性の中で生まれたストレス」によって備わったものを確認する
幼い頃から、兄弟姉妹の存在のために蓄積を重ねてきたジレンマによって、独占欲や愛欲、自己顕示欲、競争心、高いプライドが備わっていませんか?
幼い頃からのその関係性の中で抱えることとなった、劣等感や無力感を払拭させるために、無意識的に、*ある嗜癖・依存によって心を安定させようとされていませんか?
*ある嗜癖・依存…「面倒を見る」「お世話をする」「お金(物)をあげる」「人の役に立つ」「人の上に立つ」「教える」という行為の中から優越感を得ようとすることで心を安定させようとする要素を含む、『共依存』や『仕事依存』、その他に『上昇志向への依存』『高学歴や社会的評価の高い職業・肩書・経歴・資格への依存(自分の子どもに託す場合もあり)』『ブランド依存』『カリスマ的人物への依存』など
または、常に人(特に伴侶やパートナー)よりも優位に立とうとしたり、物事を優位に運ぼうとしたり、常に主導権を握ろうとしたりするなど、自分をとりまく人や環境が自分に及ぼす力や状況を、自分の都合に合うようにコントロールしようとするところはありませんか?
自分の中にある『嫉妬』を『嫉妬』として受け取める
自分のせいではなかったということをしっかり認識する

兄弟姉妹を美化せず、兄姉にかなわず嫌な思いをした事実をありのまま受け止める

トラウマからの回復
「トラウマが解消する」というのは、過去の出来事の中にあったありのままの事実や感情がどういうことだったのかがはっきりわかること、
そして、
もう同じ思いはしなくていいとわかることで、納得して忘れていくことができるようになるということです。
そうなるためには、過去のつらかった・悔しかった時の気持ちや感情を、もう一度体験するように感じ直し、子どもの頃に返って、
「ひどい!ずるい! 悔しい! 怖い! 悲しい! お願い!」
という、言葉にできなかった気持ちを言葉にし、
泣いて、怒って、
「私(僕)のせいじゃなかった! 悪くなかった!」
という気持ちに確信が持てるようになる、ということです。
つまり、「トラウマからの回復」のためには、もう一度つらかった・悔しかった時の気持ちや感情を再体験するという作業を行うことが大切なのです。
さいごに
ご自身がママ(パパ)となり、すでに第2子、第3子と兄弟姉妹を産み(つくり)育てている方にとっては、少し胸が痛む部分もあったかもしれません。
しかし、ここではぜひ、「ママ(パパ)としての自分」ではなく、まずは「傷ついた、幼かった頃の自分」の立場で感じることを優先してしていただければと思います。
-書籍案内-
本書の『セラピー・メモ』の中で、「嫉妬」「劣等感」といった未解決のままの感情について触れています。 ママの中の傷ついたままの幼い頃の自分( インナーチャイルド)が救われることが子育て・家庭を豊かにします。
インナーチャイルドの息苦しさや傷は子育てに影響するの?

インナーチャイルド
子ども時代の「傷ついたままの子どもの自分」のことを“インナーチャイルド(内なる子ども)”と言い、
対人関係における苦しみや問題は、このインナーチャイルドが、今も幼少期から受け継がれている縛られた価値観・教義の中やコントロールドラマの中で窒息しかけていたり、尊厳を踏みにじられるような言葉や行為によって心に傷を負ったまま放置されていることにもあるということ、
そしてインナーチャイルドが、救われることを求めている限り、思考や感情はコントロールできない、もしくはできても違う形で影響が表れるということ、
を前回の記事でお伝えしてきました。
~また、敏感気質(HSP)の伴侶(パートナー)がいらっしゃる場合は、その伴侶(パートナー)にも嗜癖や症状が表れていることがありますし、その方に子どもさんができて、その子がHSCだった場合は、その子どもさんにも問題や症状が表れることがあるのです。
そのためボクは、感情や思考のコントロールを歓迎しないのです。
『自分をコントロールすることで問題を克服できたとしても、子どもや伴侶(パートナー)に影響が出るのが問題である』 これが、ボクのセラピーや発信の主軸です。
【インナーチャイルドの癒しは必要か?】 インナーチャイルドは「言い聞かせ」や「コントロール」に納得しない - あの日のボクへ
今回は、インナーチャイルドの息苦しさや傷が子育てに及ぼす影響に焦点を当ててお伝えしようと思います。
- インナーチャイルド
- 敏感で、親の心理をキャッチして連動しやすい子
- インナーチャイルドの訴えを拾う
- 子どもに映し出されるもう一つの意味
- ママと子どもの関係で再現される、ママの幼い頃の親子関係
- 子どもの心に悪影響を与える言葉や振る舞い
- 失われた子ども時代の本当の気持ちや欲求を感じ取ってあげる必要
- まとめ
- 書籍案内
敏感で、親の心理をキャッチして連動しやすい子
インナーチャイルドが息苦しかったり、傷を抱いたまま取り残されていると、そのインナーチャイルドが、自身における問題や症状だけでなく、敏感で親の心理をキャッチして連動しやすい子どもさんに同調するように子どもさんの問題や症状などとして映し出されることが多々あります。
その方の自分らしい本当の自分を取り戻すようにと(息苦しさと心の傷の回復を求めて)、子どもさんの問題(⦅*1⦆問題とされる行動)や症状を通して訴え続けるのです。
(*1)問題とされる、子どもさんの行動
不登校、引きこもり、過食・拒食、自傷行為、いじめ、家庭内暴力、万引きなどの非行 など
インナーチャイルドの訴えを拾う
映し出されていると思われる問題や症状を改善、または防ぐには、インナーチャイルドの訴えを拾えるようになること。
それが大事なポイントになるのですが、
自分で拾えるようになるまでは、どうしても子どもさんに映し出されるという事実に否認が起こりやすく、子どもさんを拒絶してしまいかねません。
ご自身のインナーチャイルドの訴えを拾えない状態では、親や大人側に立ったものの見方になっていて子どもの目線に降りることができていないため、子ども側の気持ちがわからないのです。
ですから、初めは、子どもさんの、気になる言動や態度・症状をよく見て、何を映し出しているのかつなげていくことで、インナーチャイルドの訴えに気づき、それを受け止めていく、ということを繰り返し行っていきます。
子どもに映し出されるもう一つの意味
子どもさんに映し出されるのにはもう一つ、
子どもさんがその子らしく健康に育っていけるように、親御さんが未解決の問題を抱えているなら早く解決してほしい、
というメッセージが含まれているとも捉えられます。
ママと子どもの関係で再現される、ママの幼い頃の親子関係
とはいえ、何がどのように映し出されるのか、再現されるのか、具体的な例がなければ中々捉えにくいと思います。
日常的な出来事の中からひとつ、再現のパターンを紹介します。
例えば買い物中、
“欲しいものを買ってもらえずに泣きわめく子どもをお母さんが怒る”
そんな親子の様子を見た時、どのような気持ちになるでしょう。

あるお母さん(Tさん)は、その場面を見た時すごく不快な気持ちになったそうです。
「お菓子くらい買ってあげたらいいのに」
「あんなに怒られて、あの子かわいそう」
「見ているだけでどうにもできない場面を見せられて嫌な気持ち」
と心の中で思って家に帰りました。
帰宅直後、荷物の片付けなどで忙しいのに子どもさんが立て続けに「あれして、これして」と畳みかけてきました。
Tさんは応じられず、何度も「もう少しだからちょっと待って」と言いますが、子どもさんは待てずにぐずり始め、だんだんエスカレートしていきました。
Tさんはたちまちゆとりが無くなってイライラし、気がつくと子どもさんを怒ってしまっていました。
その時ふと、「私、さっきのお母さんと同じだ」
と思ったのだそうです。
Tさんは子どもの頃、買い物の時に駄々をこねて怒られたことや、思いが通らず悔しい! 悲しい! と思った経験がありました。
その時の再現を買い物中、目の前で見せられたことでインナーチャイルドが反応した、と捉えられるのです。
買ってくれたっていいじゃない!
怒るなんてひどい!
もっと優しくして!
そのインナーチャイルドの声に同調するかのように子どもさんが、
やってくれたっていいじゃない!
怒るなんてひどい!
もっと優しくして!
と言いたくなるような状況が招かれたというわけです。
この場合、TさんはTさんの幼少期当時のお母さん、子どもさんは幼少期のTさんである、という構図での再現です。
Tさんは気づきました。
小さい頃、私も本当は「買って(やって)くれたっていいじゃない! 怒るなんてひどい!もっと優しくして!」と訴えたかったんだな。
それにお母さんにそれを受け止めてほしかったんだな。
記憶の中の些細な日常の一幕でしかなかったはずのことに対して、今になって反応が起こることを知って、Tさんは改めてインナーチャイルドの存在を実感したのでした。
このように、ご自身の親との関係の中で起こったことやご自身に及ぼしている負の影響が未解決のままだと、その親との関係が子どもさんとの関係に映し出される、という現象は特に頻繁に起こります。
本当は親からされたり言われたりしたことが、自分にとって、とても理不尽なものだったのに意志表示できず、気持ちを抑えてしまったままだったことがあると、
子どもさんの、「問題とされる行動」とまでには至らなくても、子どもさんが言うことを聞かないなど、(*2)「親を困らせるような行動」を子どもさんが取った時、
ママ(パパ)自身が子どもの頃に親からされて嫌だったことを(同じように)我が子にしてしまうのです。
例えば、
親と同じような口調(圧力や恐怖を与える)で我が子を叱責してしまう、
または叩いてしまう、
親の価値観を我が子に押しつけてしまう、
などなど。
まるで、幼かった頃の、心の傷(負の影響)となった体験(親からの言葉や態度)を、確認でもするかのように「私=親、子どもさん=幼い自分」に置き換わった状態で、再現(追体験)しているかのようなものです。
(*2)親を困らせるような、子どもさんの行動
中々止めない、同じことを繰り返す、一つのことにこだわる、しつこく絡んでくる、だだをこねる、落ち着かない、怒りっぽい、やたらと泣く、やたらと何かをこぼす など
子どもの心に悪影響を与える言葉や振る舞い
「言うことを聞かない子に対して、きちんと叱って躾けることが親の務めである」
「自分も親になって、あの時の親の気持ちがよくわかる」
という言葉をよく耳にします。
できれば親の気持ちや立場での見方に留まってほしくないのです。
もう少し丁寧に拾ってみると、「親の気持ちがわかる」というのは「親はどうして言ったのかがわかる」に言い換えられます。
では、果たしてそれは、親が子どもに言って良いものかどうか、あるいは、親が子どもを叩いて良いものかどうか。
- もしも子どもの知力・言語力・腕力が、親である自分より勝ってたら、そのような関わり方をしたかどうか、
- 子どもが親なしでは生きていけないという非力な立場であるということをどこかでわかっていて、そのような関わり方をしているところはないか、
- その時の表情や態度は子どもの心に『恐怖という種』を植えつける(前回の記事の【インナーチャイルドの癒しは必要か】の『恐怖という種』のところをご参照下さい)悪影響を与えるものではなかったか、
そこをしっかりと吟味することが大切なのです。
【Check】
ついつい言ってしまう、“親と同じこと”にはどういうセリフがあるでしょう。
『何やってるの(何してるの)』
『いい加減にして』
『わがまま言わない』
『もう知りません』
『そんなことぐらいで泣かないの』
『いつまで怒ってるの、みっともない』
『だまって親の言うことを聞いておきなさい』
『お友だちや下の子に貸して(譲って)あげなさい』
ママ(パパ)は大変だから言ってしまう。
その時、親も大変だったのだなぁという、親の立場や気持ちがわかる。
しかし、子ども(子どもだった自分)には子どもの気持ちやペース、自発的な意志、欲求、そして選択する権利や決定する権利があるのです。
子どもが『お父さん、お母さん、私を産んで(私を作って)』とお願いしたわけではありません。
子どもは親(の行為)によって“生まれさせられた”(I was born by my parents)、
これが事実です。
だからそこに親の責任が発生するのではないでしょうか。
ですから、例えば子どもが親に自分の気持ちを受け止めてもらう、子どもが親に甘えさせてもらうのは、子どもの当然の権利ですし、子どもをつくった親には子どもの気持ちを受け止める責任、子どもの欲求を満たす責任があるのだと思います。
そういう子どもの存在を最優先にするという、「子どもをつくった親としての責任」を中心にして見てみると、
子どもにとって一方的な指示や否定と取れるこれらの言葉は、たとえそれが、その時親にとっては重要なことであったとしても、子どもにとって、納得感のないまま押しつけに感じられるものだったり、恐怖を伴うものだったり、自尊心が損なわれるものだったりした場合、子どもに悪影響を与えるものであることに気づかれるのではないでしょうか。
失われた子ども時代の本当の気持ちや欲求を感じ取ってあげる必要
現在子育てをしている私たちの子ども時代はというと、やはり
本当の気持ち・個性・ペースが汲み取られることよりも、親や社会の都合、そしてそれぞれの理想を押しつけられるような育てられ方をされてきたという現実があります。
つまり、私たちに表れていた症状や、親を困らせるような行動も同じように、『言葉にならない心の叫び』だったのです。
だからこそ、失われたその時の子ども時代の本当の気持ちや欲求を感じ取る必要があるのです。
まとめ
インナーチャイルドの息苦しさや傷は子育てにどう影響するのか?
まとめると、
「生い立ちの中で起こった出来事から受けた心の傷(インナーチャイルドが抱えたままの恐怖や怒り)」が、過去のものとならずに“現在”という時間の中で浮遊していると、大人になった今も、ママ自身とわが子との間で、「未解決のままになっている出来事」が再現されて、『未解決のままだ』ということに気づかせようとする。
つまり息苦しさや傷の存在に気づいて、本当はどんな気持ちでどうしてほしかったか、どうしたかったか、という具体的なニーズが受け止められるまでは、ご自身や子どもさんの問題や症状だけでなく、わが子に対して親が自分に取ったような言動や態度を同じように取ってしまう「再現」が繰り返されるということなのです。
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【インナーチャイルドの癒しは必要か?】 インナーチャイルドは「言い聞かせ」や「コントロール」に納得しない

「過去が現在に影響を与えている。現在の問題を解決するためには、過去にさかのぼることが大切である」というボクの考えに対し、このような質問を受けたことがあります。
『今抱えている自分の対人関係の問題は、過去の親などとの関係に起因しているとのことだが、過去にさかのぼらなくても、自分が強くなって感情や思考をコントロールできるようになれれば解決できるのではないか?』
果たして自分の感情や思考のコントロールができれば本当に解決できるのでしょうか?
- サバイバル・スキルとして身につけたコントロールの問題
- 感情や思考のコントロールを歓迎しない理由①
- 感情や思考のコントロールを歓迎しない理由②
- 『恐怖』という種
- 置き換わりという現象
- 感情や心の傷が、コントロールすることに同意しない
- インナーチャイルド
- 感情こそが、本当の自分
- インナーチャイルド・ワーク
- さいごに
- 書籍案内
サバイバル・スキルとして身につけたコントロールの問題
前回のブログの記事「『いじめ』はどうしてなくならない」の中で触れましたが、対等性・公平性に欠いた関係性の中で、コントロールドラマのある家庭で育った人は、(*1)「コントロールされること」のトラウマを潜在的に抱えているため、「他人と比較して優位に立とうとする」「常に主導権を握ろうとする」などして心を安定させようとします。
つまり、自分をとりまく人や環境が自分に及ぼす力や状況を、自分の都合に合うように何とかコントロールしようとする“自己防衛機制”が働いているのです。
これは、コントロールというトラウマの中身(⦅*2⦆コントロール・パターン)をしっかりと認識して断ち切らない間はずっと続くものです。
これらは悲しいことに、与えられた関係や環境に適応していくために身についてしまったサバイバル・スキルでもあるのです。
(*1)コントロールされることがトラウマとなるわけ
HSC(Highly Sensitive Child)(後で解説)という、敏感で感受性が強く繊細で傷つきやすい子にとっては、虐待的な言葉や行為によって心の傷を負わされる体験だけをトラウマ(心的外傷)として見ていくのではなく、コントロールを繰り返し受けるという、【子どもの心への侵入】によるトラウマ(心的外傷)について、しっかりと認識していかなくてはなりません。
言葉の真意もよくわからない無力な子ども時代に、子どもにとって決して気持ちよく感じられない親の都合で考える価値観(言葉でなくても、ある出来事やその時の空気・雰囲気の中に込められたメッセージ性のあるもの)を押しつけられる・植えつけられる・刷り込まれる、または親の都合で考える価値観に当てはめさせるために誘導操作される体験は、子どもにとってはどれも、不本意な心への侵入であり、想像以上に心や自尊感情を踏みにじられる体験になるのです。
(*2)コントロール・パターン
・自分の満たされない欲求を、弱者(子ども)を利用して満足させる
・抑圧した怒りや憎しみを、弱者(子ども)にぶつける
・抑圧した怒りや憎しみを、叱責や干渉、あるいは(*3)共依存的侵入という形で弱者(子ども)へ向ける
・自分(親)の都合で考える価値観を、弱者(子ども)に押しつける
・自分(親)の都合で考える基準の枠に当てはめさせるために、弱者(子ども)を誘導操作する
・自分(親)の都合や要求に従わなければ(を満たさなければ)、見捨てるような否定的で拒絶的な言葉や、見捨てるような態度・素振りを、弱者(子ども)に与える(見せる)
※子どもさんを褒めることは大切ですが、子どもさんを褒めることに誘導が加わると、親や大人のイメージ通りになるように仕向けるという意図が加わることになりますから、これが日常化した場合、子どもさんの主体性(自分の意志・判断によってみずから責任をもって行動する力)を奪っていくという意味で、これも「コントロール」になります。 また、共感性が高いHSCの子どもさんの場合だと、相手の期待を敏感に察知して相手の期待に応えようとする傾向が強いだけに、褒められることにプレッシャーを感じていることがありますので注意が必要です。
(*3)共依存
自分の心の中に閉じ込められた怒りや不満、恐れ、悲しみ、寂しさ、空虚感などの負の感情を紛らわすために、『あなたのために』『あなたのことを心配して』という空気を醸し出しながら、愛情や親切を名目として、『お世話をする』『面倒を見る』『聞かれてもないのに教える』というもの。
それは、負の感情を紛らわすための嗜癖(しへき)として、『お世話をする』『面倒を見る』『聞かれてもないのに教える』という一面だけでなく、相手の『お世話をする』『面倒を見る』『聞かれてもないのに教える』という行為の中から優越感を得ることにより、自身が抱える空虚感や無力感の穴埋めをしようとする意味合いも含まれている。
『愛情の皮をかぶった侵入』であると言い換えられ、極めてわかりにくいコントロール(支配)であり、気づかないところで、強烈なしがらみで相手の人生を支配し続ける。
そのため、自分をとりまく人や環境をコントロールするのではなく、 ご質問にあったように、自身の感情や思考をコントロールするスキルを身につけよう、というところにたどりつくことが多いのです。
しかしボクは、感情や思考のコントロールは歓迎しません。
その理由を説明します。
感情や思考のコントロールを歓迎しない理由①
例えば『職場の人間関係やママ友、夫の実家などへの苦手意識』を乗り越えようと、自分の感情や思考をコントロールしたとします。
まずここで、それが「できる人」と「どうしてもできない人」に分かれます。
「どうしてもできない人」は(*4)HSPである場合が多く、HSPの方の多くはその気質ゆえ誤魔化しきることができないのです。
さらにそのような気質は周りの理解を得にくいため、できないことに罪悪感や劣等感、自己嫌悪を抱えがちです。
(*4)HSP(HSC)
感受性が強く、人一倍敏感で繊細な人は、HSP(Highly Sensitive Person)、子どもの場合はHSC(Highly Sensitive Child)といって、ほぼ5人に1人はこれに当てはまると言われています。
HSP(HSC)の特徴
※個人差があり、当てはまるものや、その強弱は、人によって異なります。また、HSP(HSC)という敏感さと、HSS(High Sensation Seeking=刺激追究型)もしくはHNS(High Novelty Seeking=新奇追究型)という強い好奇心を併せ持っているタイプの子・人が存在しますが、ここではHHSP(HSC)の特徴について記し、HSS・HNSの特徴については触れていません。
①刺激に対して敏感である。些細な刺激でも感知してしまう。すぐにびっくりする。
②過剰に刺激を受けやすく、それに圧倒され、人より早く疲労を感じてしまう。新しいことや初対面の人、人の集まる場所や騒がしいところが苦手。誰かが大声や怒鳴る声を耳にしたり、誰かが叱られているシーンを目にしたりするだけでつらい。慣れた環境や状況が変わるのを嫌がる。不快な状況や圧倒された状況にいると、冷静さを失いやすい。
③人の気持ちに寄り添い深く思いやる力や、人の気持ちを読み取る力など『共感する能力』に秀でている。細かな配慮ができる。
④自分と他人との間を隔てる「境界」が薄いことが多く、他人の影響を受けやすい。他人のネガティブな気持ちや感情を受けやすい。
⑤直感力に優れている。漂っている空気や気配・雰囲気などで、素早くその意味や苦手な空間・人などを感じ取る。先のことまでわかってしまうことがある。物事の本質を見抜く力がある。物事を深く考える傾向にある。思慮深い。
⑥モラルや秩序を大事にする。正義感が強い。不公平なことや、強要されることを嫌う。
⑦内面の世界に意識が向いていて、豊かなイマジネーションを持つ。想像性・芸術性に優れている。クリエイティブ(創造的)な仕事に向いている。
⑧静かに遊ぶことを好む。1対1や少人数で話をするのを好む。自分が交流を深めたい相手を選び、その相手と同じことを共有し、深いところでつながって共感し合えるようなコミュニケーションを好む傾向にある。大人数の前や中では、力が発揮されにくい。自分のペースで思索・行動することを好む。自分のペースでできた方がうまくいく。
⑨自己肯定感が育ちにくい。外向性を重要視する学校や社会の中で、求められることを苦手に感じることが多く、人と比較したり、うまく行かなかったりした場合に自信を失いやすい。
⑩自分の気質に合わないことに対して、ストレス反応(様々な形での行動や症状としての反応)が出やすい。細かいことに気がついたり、些細な刺激にも敏感に反応したり、過剰に刺激や情報を受け止めたりするため、学校や職場での環境や人間関係から強いストレスを感じてしまい、不適応を起こしやすい。人の些細な言葉や態度に傷つきやすく、小さな出来事でもトラウマとなりやすい。
感情や思考のコントロールを歓迎しない理由②
感情や思考をコントロールできても別の形や他の人で表れる
では「できる人」はどうでしょう。
自分の感情や思考をコントロールするとは、言い聞かせたり、ポジティブなイメージを吹き込んだり、他人のことと自分のことをしっかりと分けて切り離したり、思考で認知(考え方)を変えたりすることです。
自分をコントロールすることで、克服できた、生きやすくなったと思われるかもしれません。
しかし、自分が置かれている関係や環境が、対等性や安心・安全に欠けたものであれば、自分にとって都合の悪い負の感情や考えを、無意識の中に押し込むことで心を安定させようとするのです。
この場合、自分が置かれている関係や環境に適応していくために、抑圧した自分にとって都合の悪い負の感情や考えを、(*4)嗜癖(しへき)として紛らわしている(嗜癖に置き換えている)のが実際です。
ただし、共依存や仕事、ネットやスマホなどの嗜癖として表れている場合は、問題として意識されることはほとんどないと思われます。
また、飲酒や喫煙を抑えたり断ったりしたとしても、別の形の嗜癖、例えば、問題として見られにくい共依存や仕事などの嗜癖として表れたり、それらの嗜癖が強められたりすることもあるのです。
【参考】仕事嗜癖(仕事依存症)になりやすい職業
「人の上に立つ」「人の役に立つ」「教える」「追究する」「世話をする」「面倒を見る」内容のもの。
例)教育、医療、介護、福祉、心理、接客 など
嗜癖として紛らわすことができない方や紛らわす術がない場合は、自身に身体的・精神的症状が出たりします。
また、敏感気質(HSP)の伴侶(パートナー)がいらっしゃる場合は、その伴侶(パートナー)にも嗜癖や症状が表れていることがありますし、その方に子どもさんができて、その子がHSCだった場合は、その子どもさんにも問題や症状が表れることがあるのです。
自分にとって都合の悪い、負の感情や考えや満たされない欲求を、紛らわすために身についた、『ある習慣への執着』。気晴らし程度に留まらず、それがなくては安定しないために、自分の意志ではやめることが困難なレベルに至っていること。
・人を介する嗜癖・・・共依存・恋愛・浮気・セックス・いじめ・虐待(侵入を含む) など、
・物に対する嗜癖・・・アルコール・薬物・ニコチン・カフェイン・食べ物(過食) など、
【参考】『嗜癖』と『趣味』との違い
『嗜癖』と『趣味』との違いについては吟味が必要なところですが、目安としては、例えば、好んで習慣的に繰り返しおこなう行為・事柄やその対象(スポーツやサークルを含む)が気分転換やストレス解消発散レベルに留まらず、「いつもそのことばかり考えてしまっている」、「そのことが優先され、ご夫婦や子どもさんとの会話や交流が疎かになってしまっている」、ようであれば、積極的に『嗜癖』と捉え、優先順位を見直すこと、『嗜癖』の改善に取り組むことが大切です。
そのためボクは、感情や思考のコントロールを歓迎しないのです。
『自分をコントロールすることで問題を克服できたとしても、子どもや伴侶(パートナー)に影響が出るのが問題である』
これが、ボクのセラピーや発信の主軸です。
「過去と他人は変えられない、変えられるのは自分と未来だけだ」 という言葉を耳にしたことがあります。
だけどボクは、「変えられる過去」と「記憶の中から消し去られていたり、頭で切り離したとしても、つきまとう過去」が存在すると思っています。
まず、「変えられる過去」とは、親との関係の中で身についたマイナスに働いている考え方や習慣を、自分にとってプラスになるものに、自分らしく生きるためになるものに換えることができるということ。
そして、
「記憶の中から消し去られていたり、頭で切り離したとしても、つきまとう過去」というのは、過去をどんなに思考でコントロールしようとしても『負の感情や放置されたままの心の傷が、コントロールすることに同意しないという現象がつきまとう』ということなのですが、
このことは、その鍵となる『恐怖』という種の存在について触れながらご説明していきたいと思います。
『恐怖』という種
対人関係における苦しみや問題は、その方が気づかれていない、もしくは、意識されることの少ない、“人に対する『恐怖』(対人恐怖)”がベースとなっています。
『恐怖』にはさまざまなものがあり、それがトラウマの原因になるわけですが、
それは、身体的に痛みを負わされる恐怖とは限らず、
罵られる・けなされる・睨まれる・否定される・迫害される・バカにされるような言葉に対する『恐怖』だったり、
見捨てられる・放っておかれる・のけ者にされる・自分以外の兄弟姉妹を優先される空気・雰囲気に対する『恐怖』だったり、
子どもにとって抵抗不能な「躾」や「教育」という名目で一方的に侵入される、前述のコントロールされることに対する『恐怖』だったり、
するのです。
これは主に
子どもの生存本能や自己存在価値が脅かされる『恐怖』、
または、
心や自尊感情を踏みにじられる『恐怖』とも言えます。
その『恐怖』は、具体的には、その方の親や身内の序列的で上下のある不平等な関係性の中で、権利を多く持つとされている親や身内の年長者(兄・姉、そのほか祖父母・おじ・おば・いとこなど)から年少者に対して種のように植えつけられたものです。
その『恐怖』の種を抱えたままの(子ども時代のままの)親子・兄弟姉妹関係を今も繰り返していたり、親・兄姉といった身内の年長者以外の人との関わりにおいても相手が親・兄姉といった身内の年長者と置き換わり、同じような親子・兄弟姉妹関係が無意識に再現されることで、苦しみがもたらされています。
その『恐怖』の種によって、気持ちや感情は表出されることなく心の中に充満するからです。
置き換わりという現象
この、相手が親や兄姉といった身内の年長者と置き換わるという現象は特別なことではなく、無意識のうちに頻繁に起こっています。
相手に、親や身内の年長者と似ているところがないようでも、価値観が似通っていたり、相手が目上などの上下の関係性があると、知らず知らずのうちに親や身内の年長者と接する時と同じスイッチが入ってしまうような状態になるのです。
そして、トラウマを負わされてきた親や身内の年長者に対する怒りや恐れなどの負の感情を未解決のままにしておくと、それに気づくように、きちんと精算するようにと、心の奥底に潜んでいる負の感情や、放置されたままの心の傷が、その人たちと置き換わるような人たちを引き寄せるかのように、同じような関係性やそれに伴う苦しみが再現(再演)され繰り返されます。
これが対人関係における苦しみとして感じられていることなのです。
感情や心の傷が、コントロールすることに同意しない
見方を換えれば、過去のことを過去のものとして切り離そうとしても、『負の感情や放置されたままの心の傷が、コントロールすることに同意しないという現象がつきまとっている』、とも言えるのです。
インナーチャイルド
子ども時代の「傷ついたままの子どもの自分」のことを“インナーチャイルド(内なる子ども)”と言いますが、
対人関係における苦しみや問題は、このインナーチャイルドが、今も親から受け継がれている縛られた価値観・教義の中や、コントロールドラマの中で窒息しかけていたり、親からの虐待的な言葉や行為によって心に傷を負ったまま放置されていることにもあります。
ですから、問題の改善・解決のポイントとしては、このインナーチャイルドが十分に救われたかどうか、インナーチャイルドが十分に納得したかどうか、ということが重要なのです。
感情こそが、本当の自分
放置してきた感情を感じ直し、どんな感情でも拾える自分になることが、「本当の自分に戻る」ということなのですね。
インナーチャイルド・ワーク
ボクのセラピーでは、「今も浮遊し続ける過去のネガティブな出来事や体験」と「ネガティブな影響が与えられてきた関係性や過去の関係で身についたネガティブな習慣や考え方」を振り返り、「きちんと過去のものにする」、「自分らしく生きられるものにする」ことを行っています。
これが『トラウマ回復のためのセラピー』です。
つまり、過去のトラウマティックな出来事をしっかりと認識し、過去の関係性や生活習慣の中で抑圧してきた感情や本当の欲求を感じ、その時の感情や本当の欲求を解放することで『本来の自分らしさ』を取り戻し、自分らしく生きていけるようにするものです。
中でももっとも重要視しているのが、
幼い頃からの、解決されないまま浮遊し続ける負の感情や心の傷(心の痛み)を、過去にさかのぼって、ひとつひとつ拾い上げながら解放していくという作業です。
これは、生い立ちの中に置いてきた、傷ついたままの無力で幼いインナーチャイルドの声や体験、その時の気持ちをセラピスト(カウンセラー)と一緒に拾いながら語ってもらうことで、光にさらしていくというものでもあります。
これをインナーチャイルド・ワークと言い、
心の中に閉じ込めてきた不満や怒り・悲しみ・恐怖などの負の感情が、対人関係における苦しみや嗜癖・依存症の問題のほかにも、夫婦間不和の問題、子育てに関わる苦しみ、などを引き起こす原因にもなっているため、トラウマ回復のためのセラピーの中でもっとも重要な作業(ワーク)だと考えています。
中でも怒りの吐き出し(解放)は最重要です。
さいごに
自分を誤魔化せない敏感で繊細な気質を持ったHSP(HSC)の方が、全人口の15~20%の割合でいらっしゃるわけですが、
その中で、対人関係や嗜癖・依存症、夫婦間不和、子育てに関わる苦しみなどの問題を抱える方が、『トラウマ回復のためのセラピー』を施すことなしに、
自分自身をコントロールしようとしても、
気づかれることなく無意識(潜在意識)の中に閉じ込めてきた「トラウマによる恐怖」や「心の痛み」に気づき、それを取り除いて、その下にある怒りなどの負の感情が解放されない限り、どうしても問題の改善・解決がうまくいかないというようなことが多いと感じられるのです。
書籍案内
著書『ママ、怒らないで。』は、感情や、生い立ちの中に取り残された心の傷(インナーチャイルドと向き合い、感情を詰まらせない生き方を身につけるためのセラピー本です。
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