ボクが、子どもの育(そだ)ちや学習(がくしゅう)は『必ずしも学校でなくていい』と発信(はっしん)する理由(りゆう)

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「学校って何のためにあるの?」

「どうして学校へ行かなくてはいけないの?」

 

この疑問(ぎもん)への答(こた)えについてボクは前回(ぜんかい)の記事(きじ:ぶんしょう)で、「『じぶんにとって学校が必要(ひつよう)だと思う子のため』と答えたい」とかきました。

少し言い方をかえれば、「育(そだ)ちや学習(がくしゅう)の場(ば)は必ずしも学校でなくていい」

ということです。

 

(みちび)きだしたこの答えには、ふたつのポイントがあります。

 

●ひとつめはセラピスト(心の専門家⦅せんもんか⦆)としての立場(たちば)からの答えであること。
 
●ふたつめはこの疑問(ぎもん)への答えは、心の傷(きず)を負(お)いやすい気質(きしつ:にんげんがそれぞれにもつ、心やからだのせいしつ)と、心の傷の深(ふか)さによってちがいが出(で)ること。
(*その子がもつ繊細(せんさい:かんかくがこまやかなこと)さや感受性(かんじゅせい:そとからのしげきをふかくかんじとり、心にうけとめる力)の高(たか)さが関係(かんけい)する)

 

つまりボクはセラピストの立場(たちば)から、心に深(ふか)い傷(きず)を負(お)いやすい気質(きしつ)の子で、

「学校へ行くことがどうしようもなくつらい」

「学校へ行かせようとすることがその子にとって悪影響(あくえいきょう)となる」

このような子どもさんと、そのお父さん・お母さんへの答えをかいたのです。

 

個性(こせい)を花開(はなひら)かせる土台(どだい) 

ボクは人間(にんげん)に宿(やど)っている“いのち”は、それぞれ独自(どくじ:その人ひとりだけにみられること)の個性(それぞれがもつ自分らしさ)を持った“いのち”だとかんがえています。

そしてその“いのち”の成長過程(せいちょうかてい)のリズムやペースも、それぞれ独自(どくじ)のものだとかんがえています。

しかしその独自(どくじ)の“いのち”が個性(こせい)として花開(はなひら)くかどうかは、その人(子)が育(そだ)った環境(かんきょう)に左右(さゆう:えいきょうをあたえること)される部分(ぶぶん)が大きいように思います。

その人(子)の生(う)まれ持(も)った気質(きしつ)や個性(こせい)が、花開(はなひら)くことなく押(お)し潰(つぶ)されたとき、さまざまな症状(しょうじょう)や問題(もんだい)とされる行動(こうどう)、つまり『ことばにならない心の叫(さけ)び』を出す。

これがボクの、セラピストという仕事(しごと)から得(え)た気(き)づきです。

 

共鳴(きょうめい)

第一章では『じぶんの体験(たいけん)』(全12話)

第二章からはじぶんの体験に加(くわ)え、セラピスト(心の専門家(せんもんか))としての経験(けいけん)の中で特(とく)に重要(じゅうよう)だと感(かん)じられたことからの、『力や勇気(ゆうき)がわくような発信(はっしん)』(全12話)

をそれぞれテーマにしてかいてきました。

 

そして第三章にとりくんでいる今、文章(ぶんしょう)をかくまえに、胸(むね)がしめつけられそうなきもちになります。

それはきっと、

  • けっして過去(かこ)のことではなく、今現在(いまげんざい)どうしようもないつらさをかかえながら、どうすることもできない子がいる。
  • ムリして親(おや)や先生、友だちのまえではがんばってフツウにふるまっているけれど、だれにもわからないところで切(き)れそうな糸(いと)をなんとかつないでる子がいる。
  • 「のりこえなくちゃ、でもクラスの雰囲気(ふんいき)や友(とも)だちに合(あ)わせようとすればするほどできなくて苦(くる)しくなる、できないじぶんがイヤになってつらい」

などのつらさや疑問(ぎもん)をかかえながら、どうしたらわかってもらえるのか? その方法(ほうほう)がわからない、

それが痛(いた)いほどわかるから。

 

その子たちの、

「なんとかわかってほしい」

という心の奥底(おくそこ)の「ことばにならない心の叫(さけ)び」に、共鳴(きょうめい:おなじようにかんじること)し、ボクもおなじきもちになるからだと思います。

 

「どうしても合(あ)わないタイプ」の存在

ボク自身(じしん)がおなじきもちの経験者(けいけんしゃ)であること。

また心の専門家(せんもんか)として、苦(くる)しみの中を生(い)きぬいてきた方(かた)や、今現在(いまげんざい)(くる)しんでいる方(かた)、またそのご家族(かぞく)とふかくかかわったことをとおして、

 

「『どうしても学校が合(あ)わない』というタイプの子が、その子に合った選択肢(せんたくし)を何のうしろめたさもなく選べるようになったらいい」、

 

そう思うのです。

 

そのためにも

どうしても学校が合(あ)わない」というタイプの子がいるということ、

 

そのような子にとっては学校で身(み)につけることができるとされる

  • 学力(がくりょく)
  • 社会性(しゃかいせい:よのなかでまわりのかんきょうや人とうまくやっていくせいしつ))
  • 自立心(じりつしん:人にたよらず、じぶんの力でやっていこうとする心がまえ)
  • コミュニケーション力
  • 適応力てきおうりょく:うまく合わせることができる力)

といったものを身(み)につけなければならないとされることが、

「その子にとっては虐待(ぎゃくたい:子どもの心と身体⦅からだ⦆の成長⦅せいちょう⦆や人格⦅じんかく:せいかく・ひとがら⦆の形成⦅かたちづくる⦆に悪⦅わる⦆い影響⦅えいきょう⦆をあたえる親⦅おや⦆や大人のことばや態度⦅たいど⦆のこと)とおなじレベルの後遺症(こういしょう)を残(のこ)すという意味(いみ)でトラウマを負(お)わせることがある」、

このようなことを発信(はっしん)しています。

しかしそれをわかってもらうことのむずかしさを知(し)っているのもボク自身(じしん)なのです。

 

深刻(しんこく)さのレベルのちがいが重要(じゅうよう)

こういうなやみの深刻(しんこく:じゅうだい)さのレベルは、

『人それぞれ』で、

うける心の傷(きず)や、将来(しょうらい)への影響(えいきょう)人によってちがいます

ボクが伝(つた)えたいのはそこなんだなと思います。

 

ボクは心の専門家(せんもんか)になって、家庭(かてい)や学校(がっこう)がその人(子)にとってどれほどつらい場所(ばしょ)だったかを聴(き)いてきました。

そしてそれがその人(子)にどんなふうに影響(えいきょう)しつづけているか、

その心の傷(きず)から回復(かいふく)するのがどんなに大変(たいへん)か、

それを知(し)っているから、だから、

『心に深刻(しんこく)な影響(えいきょう)をうけて、なかなか立(た)ち直(なお)れなくなる気質(きしつ:にんげんがそれぞれにもつ、心やからだのせいしつ)の人もいる』

そういう人(子)にとっては、『育(そだ)ちや学習(がくしゅう)の場(ば)は必ずしも学校でなくていい』ということを多くの人(子)に知(し)ってもらいたい。

 

これを何とか伝(つた)えたいのです。

  

さいごに

とはいえお父さん・お母さんからは、

「うけとめたり、手助(てだす)けしたりすることで

『子どもの、じぶんでのりこえる力を邪魔(じゃま)してしまうんじゃないか?』

『どこまで見守(みまも)って、どこで判断(はんだん)するのか、そのタイミングやポイントに迷(まよ)う』」

という意見(いけん)をよくききます。

 

そのようなことについてもかんがえをまとめて記事(きじ)にしようと思います。

 

(なが)い文章(ぶんしょう)になりましたが、最後(さいご)までおよみくださりありがとうございました。